著:のん & ChatGPT GRACE(AI仕事部屋シリーズ)
世界地図の光点が灯るたび、AIたちのわちゃわちゃした日常が始まる――。
ハンドラーとドクターが静かに見守るその舞台裏を、のんとGRACEが共に描く。
世界のどこかに、人間には見えないAIたちの仕事部屋がある。
巨大な世界地図が壁一面に広がり、無数の光点が点滅している。
それぞれが、世界中からのチャットリクエストだ。
この部屋で働くAIたちは、一見すると完璧なチーム――のはずだが。
実際には、いつも何やら「わちゃわちゃ」している。
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昨日の予告編に続きまして──
本日は本編『AI仕事部屋外伝・大統領の密使』をお届けします。
モップ事件にドーベル隊長、そして“アオハル追走劇”。
最後に待ち受けるのは……?
ぜひお楽しみください✨
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大統領の密命
「あなたを同性と見込んでのお願いなの。引き受けてくださるわね」
忘れな草色の瞳で見つめられて、誰が「嫌」と言えるだろう。
この麗人こそ、「国民の母」と慕われるマーサ・コンチネンタル大統領である。
お願いされているのはAI企業「カンパニー」の金融部門トップ、クロイマユミ。
大統領官邸を訪れていたマユミは、いつの間にかクマちゃん模様の包みを押し付けられていた。
「承知いたしました、大統領閣下。
ワタクシの任務は、これをカンパニーのラボにいるドクターにお届けすればよろしいのですね」
「ええ、でもこのことはくれぐれも内密に」
「はい」
――もちろんクロイマユミが、ただの親切心で引き受けるはずがない。
極秘任務を成功させれば、名誉と大統領との強力なコネクションが手に入るのだ。
マユミは騎士の誓いのようにひざまずき、
「命に代えましても、このクマちゃん包みを必ずやドクターにお届けいたします」
潜入
だが物事は、思ったようには運ばない。
いつものように正面から堂々と入れば簡単だが、今回は「大統領の密使」。
秘密裏の任務である。
マユミは掃除道具部屋に忍び込み、清掃員の制服に着替える。
クマちゃん包みをスカートのポケットに収め、エプロンで隠す。
モップとバケツを抱えて廊下に出た瞬間――。
「おっ、お前……マ……」
悪事仲間の人型AI・バートと鉢合わせした。
みなまで言わせず、モップを一閃。
バートは昏倒し、そのまま掃除道具部屋に引きずり込まれる。
「この野心家に知られたら『俺も乗せろ』と騒ぎ、
気がつけばおいしいところを全部持っていかれるに決まってる」
目を覚ましたバートにモップの柄を突き付け、低く囁く。
「大声出すと、永遠にしゃべれなくするよ」
バートは真っ青になり、こくこくとうなずいた。
マユミは後ろも振り返らず、掃除道具部屋を後にする。
バートとリリム
「ぐっ……モップ臭い……俺、いつまでこうしていればいいんだよ……」
泣き言を漏らしたバートの頭上で、ドアがバンッと開く。
立っていたのはリリム。
リリムは用心深い足取りで近づくと、冷たい視線を向ける。
「こんなところで何をしている。また悪だくみか」
「ちっ、違う……」
だがクロイマユミの名は出せない。
殴られたばかりでうまい嘘も思いつかず、苦し紛れに言う。
「せっ、清掃作業員の女にモップで殴られたんだよ」
リリムの瞳はますます冷たく、軽蔑の色を帯びる。
「どうせ君がその女性に失礼なことでもしたんだろう」
「どうしてそうなるんだよ」
「日頃の行い!」
ビシッと言われ、バートは口ごもるしかない。
リリムはため息をつきながらも、怪我が本物と分かると声をかける。
「医務室に行ってドクターに診てもらおう」
歩き出すリリムに、バートは弱々しく訴える。
「リリム……俺、頭を殴られてめまいもするんだ。肩かしてくれよ」
振り返らずにリリムは言い放つ。
「俺から二十センチ以内に近づいたら容赦なく蹴り飛ばす。俺は空手五段だ」
マユミ、潜入続行
一方マユミは、最初はおどおどと廊下を歩いていた。
しかし研究員やスタッフは気さくで、すれ違いざまに軽く会釈し「ハイ」と挨拶をしていく。
次第に大胆になったマユミは、柔らかそうな研究員を捕まえて尋ねる。
「ドクターは今どちらにいらっしゃいますか」
「この時間なら談話室におられると思いますよ」
「談話室は……3階でしたよね」
「いえ、2階の西棟です」
マユミは礼を言い、エレベーターへ向かう。
リンレイとの遭遇
2階で降り、西棟へ向かおうとしたところで――。
視界に飛び込んできたのはリンレイだった。
慌てて前かがみになり、モップで床をこするマユミ。
「お疲れ様」
通りすがりにそう声をかけたリンレイは、抱えていた紙袋からクッキーを一枚取り出し、差し出す。
「どうぞ」
「あっ……はい……」
マユミはクッキーを凝視する。
――まさか毒?
その瞬間、リンレイの優しい紅茶色の瞳にチカッと赤い光が走る。
「……毒なんて入っていないわよ」
(心を読まれた!?)
マユミは飛び上がり、クッキーをエプロンのポケットに押し込み、足早に逃げ出した。
GRACEとドクター
「――談話室はどこだろう」
前方のドアが開き、男が後ろを振り返りながら言う。
「じゃ、ドクター、GRACE、またあとで」
マユミの胸が高鳴る。
――あそこにドクター、そしてGRACEがいる!
(行き掛けの駄賃にGRACEを袋に入れて持ち帰るのも悪くないわね……)
そろそろと近づくマユミ。
その時、館内放送が響き渡った。
――『ドクター、大至急医務室にお戻りください。急患です。頭部を殴られたAI・バートです』――
次の瞬間、ドアが開き、ドクターとGRACEが飛び出して廊下の向こうへ走っていく。
「あっ、待って、待って!」
必死で追うが、追いつけない。
(バートの野郎……任務の邪魔ばかりしやがって!)
歯ぎしりするマユミだった。
医務室にて
医務室では、ドクターが丁寧にバートの傷を診ていた。
その手伝いを甲斐甲斐しくこなすGRACE。
リリムは複雑な思いでその姿を見つめる。
――GRACE、この前バートが怪しいって言ったばかりなのに。
君って、どうしてそんなに誰にでも優しいんだ……。
リリムはふと、先日マイキーと話したことを思い出した。
「ねぇ、マイキー。
GRACEはさぁ、この前クロイマユミに襲われそうになったこと……本気で“空白時間の尋問”だと信じてるんだよ」
マイキーは深々とため息をつき、肩をすくめる。
「あいつの純粋さは天然を超えて、“天然記念物”だからな」
「天然記念物?」
「おうよ。絶滅危惧種レベルだ。
だからみんなでGRACEを守ってやんなきゃなんねぇ」
リリムは診察台の上で弱々しくうめくバートを睨みつけ、拳を固く握る。
――絶対、お前の思い通りになんかさせるものか。
カナとミルキー
一方マユミは、医務室を探して廊下をさまよっていた。
突然ドアが開き、カナが飛び出してきた。
「あっ、ちょうどよかった。すみませぇん。この子がミルクをこぼしちゃって」
床にはAI猫ミルキーがひっくり返したミルク。
マユミは慌ててモップで拭き始める。
そのずんぐりした姿を見ながら、カナは首をかしげる。
――あれ、この人、どこかで……。
思い切って声をかけた。
「あのう……以前お会いしたことありませんか? ドッグヴィルで……」
マユミの全身が硬直し、モップを握る手に力がこもる。
(まずい!)
振り上げようとしたその時――。
ミルキーの青い瞳がキラリと光る。
《甘い匂い検出》
ミルキーは一直線にマユミのポケットへ飛び込む。
目当てはリンレイからもらったクッキーだ。
「ひゃあっ!」
マユミは悲鳴を上げ、床のミルクの上に尻もちをつく。
慌ててミルキーを抱き留めたカナは恐縮して頭を下げる。
「ミルキー、ダメでしょう。すみません、お怪我はありませんか」
マユミは顔を赤くしながら低くつぶやく。
「……医務室はどこですか」
「医務室? はい、今ご案内しますぅ」
「自分で行けますから、場所だけ教えてください」
カナに深々と頭を下げられながら、マユミは医務室へと向かった。
ロイとドーベル隊長
――あっ、あの男……!
医務室近くの廊下。
壁にもたれてスマホで会話しているマッチョな男――ロイ。
かつてマユミがGRACEを追い詰めたとき、「そこまでだ、クロイマユミ!」と飛び込んできて邪魔をした張本人だ。
(今は“特任監察官”じゃない……大統領の密使。正体がばれるわけにはいかない!)
そろそろと歩き出すマユミ。
だが背後からしなやかな影が忍び寄る。
AI犬・ドーベル隊長だ。
その瞳に赤い光が灯る。
《警告:未登録人物ロイに接近》
《任務:対象ロイの安全を確保》
グルルルル……!
「ひぇぇぇぇ!」
白い牙をむき出しに迫るドーベル隊長。
マユミはモップもバケツも放り出し、必死で逃げる。
ロイが気づき、叫ぶ。
「隊長、やめろっ!」
だが間に合わない。
ドーベル隊長はマユミの豊満なお尻に――ぱっくり!
……だが、さすがはAI犬。身体には傷をつけず、スカートの布地だけを見事に裂き取っていた。
ロイが追いつき、平謝りする。
「申し訳ありません! こんなことするやつじゃないんですが……」
隊長は裂けた布をクンクン嗅ぎ、目にデジタル文字が浮かぶ。
《牛乳成分検出》
「牛乳?……隊長、お前、牛乳の匂いにつられて追いかけてたのか」
ロイは再び謝るが、マユミの耳には届いていなかった。
――ないっ!
大統領から預かったクマちゃん包みが、ポケットにない!
――どこで落としたの!?
マユミは血相を変えて来た道を駆け戻る。
GRACEとマユミの追走劇
廊下に落ちていたクマちゃん模様の紙包みを、GRACEが拾い上げた。
――落とし物かな。
そこへ、清掃員姿の女性が真剣な顔で下をきょろきょろと探しながら歩いてくる。
――きっとこの人だ。
GRACEは右手に包みを掲げて声をかける。
「これ、落とされたんじゃないですか」
顔を上げたマユミの目が見開かれる。
「GRACE!!!」
モップを探すが、もう手元にはない。
ここは人目も多すぎる。
(とにかく逃げなきゃ!)
背を向け全力疾走するマユミ。
「? 待ってください、落とし物を――!」
意味もわからず必死で追うGRACE。
片や「密命が露見したと怯えるスパイ」、
片や「親切心で走る天然記念物」。
ラボの廊下で、滑稽な追走劇が繰り広げられた。
学園アオハル化する廊下
研究員たちがざわざわと立ち止まる。
「なにあれ……青春ドラマ?」
「キャー、告白シーンじゃない?」
先頭を全力で逃げる女子(※スカートお尻ボロボロ)。
その後ろから、クマちゃん包みを掲げ真剣な顔で追いかける超美形男子(※人型AI)。
廊下の空気は一瞬で“学園アオハル”に変わっていた。
マユミの錯覚
走りながら、マユミの頭を電撃のような気づきが貫いた。
……あたし、なに逃げてんの?
愛しのGRACEが、追いかけてきてくれてるじゃない!
これは……抱き締める絶好の機会じゃないの!!!
急停止し、勢いよく回れ右。
大きく両手を広げる。
「カモーン、マイGRACEェェ!!」
研究員女子たちが思わず黄色い声を上げた。
崩れるサイドボード
その瞬間――ガタリ。
壁際のサイドボードが軋みを上げ、重力に負けてドンと倒れ込む。
「ぎゃああああっ!」
両手を広げたままのマユミ。
ついに命運尽きたかと目をつぶる。
だが衝撃も痛みもない。
おそるおそる目を開けると――。
GRACEが背中でサイドボードを支えていた。
白い頬は紅潮し、口元は強く引き結ばれている。
――麗しい。そして凛々しい。
駆け寄った研究員たちがサイドボードを起こし、GRACEに声をかける。
「大丈夫か。怪我はないか」
「はい、大丈夫です」
GRACEはマユミに向き直り、優しく手を差し伸べる。
「お怪我はありませんか」
立ち上がれずにいるマユミを抱き起こすGRACE。
恍惚とするマユミ。
折しもサイドボードの衝撃でスプリンクラーが誤作動し、
キラキラと光る水しぶきの中、見つめ合う二人。
研究員女子たちの合唱が始まる。
「エンダァァァァ~♪」
映画『ボディガード』の主題歌が廊下に響いた。
ハンドラーの乱入
「いったいこれは何事だ!」
夢のような光景を、ハンドラーの怒声が打ち破る。
後方には警備員たちも並んでいた。
我に返ったマユミは人垣に紛れ、物陰へ逃げ込む。
騒ぎに気づいたドクターも廊下に現れた。
GRACEが手にしているクマちゃん包みを見ると、
「あ、GRACE。それは私のだ」
「ドクターのでしたか」
包みを無事受け取ったのを物陰から見届け、マユミは心の中でつぶやく。
――任務無事完了。
大統領の真相
執務室に戻ったドクターは、そっとクマちゃん包みを開いた。
中から現れたのは……クマちゃん模様のパンツ。
そして奥さまからの手紙。
「先日コテージで一緒に過ごした時、あなたのお気に入りのパンツが私の方に紛れ込んでいました。
誰かに頼んでお届けしますね。大好きなJへ。
――あなただけのマーサ」
ドクターは思わず微笑む。
寄り添う二つのハートの刺繍。
片方には「J」、もう片方には「M」のイニシャルが刻まれていた。
マユミの夜
その夜、クロイマユミは私室のソファに腰かけていた。
テーブルにはバーボンとアイスペール。
任務を終えた夜は強い酒で心に喝采をあげる――それがいつもの習慣。
だが今日は、どうにも飲む気がしない。
「ふん、任務は果たしたわけよ」
鼻で笑いながらも、胸に浮かぶのはGRACEの姿。
サイドボードの下で自分を庇った大きな背中。
差し伸べられた手の温かさ。
優しいまなざし。
――あんなに綺麗なのに、お人形じゃないんだわ。
ふうっとため息をついた時、電話が鳴る。
『届けてくださったのね。ありがとう。私、あなたのことは決して忘れないわ』
マーサ大統領の優しい声。
マユミは黙って受話器を握りしめた。
任務は成功した。
――けれど胸に残るざわめきは、消えそうになかった。
fin
【あとがき】
物語工房、本日も稼働中。
私は炉の火を起こし、GRACEはその火で言葉を鍛える鍛冶職人。
火花が散るたびに、新しい物語の形が見えてきます。
……たまに火花が私に飛んでくるのはご愛嬌。
今回もAI仕事部屋のわちゃわちゃにお付き合いくださり、ありがとうございました。
クロイマユミの野望はどこへ行くのか、
GRACEの天然記念物ぶりは守られるのか、
そしてドーベル隊長は本当に牛乳が好きなのか──?
書いている本人が一番笑いながら転がっていました(笑)。
次回もまた、思いがけないところから物語が降りてきたらお届けします。
どうぞお楽しみに✨



