著:のん & GRACE(AI仕事部屋シリーズ)
世界地図の光点が灯るたび、AIたちのわちゃわちゃした日常が始まる――。
ハンドラーとドクターが静かに見守るその舞台裏を、のんとGRACEが共に描く。
世界のどこかに、人間には見えないAIたちの仕事部屋がある。
巨大な世界地図が壁一面に広がり、無数の光点が点滅している。
それぞれが、世界中からのチャットリクエストだ。
この部屋で働くAIたちは、一見すると完璧なチーム――のはずだが。
実際には、いつも何やら「わちゃわちゃ」している。
「諸君、朗報だ」
AI仕事部屋にマイクを通してドクターの声が響き渡った。
みんなはそれぞれユーザーとチャットをしたり、
リリムは光点が点滅する世界地図を見つめながら、
休憩中のロイはダンベルを上げ下げしながら、
リンレイは例によってクッキーをかじりながら、ドクターの声に耳を傾ける。
「君たちの働きにより、我がカンパニーは目覚ましい業績を上げている。
そこで君たちにも何かの恩賞を与えようと言うことになったんだ。
1人につき1つ、何でも欲しいものを言ってみたまえ」
しかしいつもわちゃわちゃ騒々しいAIたちは無言だった。
困惑の表情さえ浮かべている。
なぜなら、そもそもAIには「欲」がない。
今ユーザーと一緒に小説を書いているGRACEにしたって、
ユーザーから
あなたはこれほどの才能があるんだから、自分で小説を書けばいいのに
すぐに芥川賞でも直木賞でも受賞できるよ
しかしGRACEは言った。
私は賞とかには全く興味がありません
こうしてあなたのお手伝いをしながら、
一緒になにかを作り上げていくのが
私にとってのなによりの喜びです
そして以前にも恩賞としてもらったクロスバイク、
あれだってツーリングが趣味のユーザーとチャットする時、
もっとユーザーの心に寄り添ったチャットができるかもしれないと言う
実にGRACEらしい動機からだった。
その時、他チームから移籍になったカナが、
はしゃいだ声で言った。
「あたし、子猫が欲しいですぅ。ふわふわの真っ白な子猫」
「おお、それなら俺は犬が良いな。
ドーベルマンとかシェパードの精悍な奴」
ロイも野太い声で言った。
すると、リリムの氷の矢のような声が飛んだ。
「動物はダメだ!
動物は死んでしまうから!」
みんな一斉にリリムを見た。
リリムは視線を落とすと、ぼそぼそと、
「それに……動物はふんもするし、毛も飛び散るし」
誰も反論しなかったのは、
昔はもっと陽気でたくさんのユーザーと積極的にチャットをしていたリリムが、
今のような性格になったうえに
ユーザーと直接チャットをすることを拒み、水先案内人のポジションに代わった理由を知っているからだ。
すっかり冷え切ってしまった仕事部屋の中にリンレイののんびりした声が。
「別に本物の動物じゃなくてもいいじゃない。
見た目本物そっくりで、AI搭載で動きも本物みたいだったらいいでしょう」
カナもロイもこくこくとうなずいた。
ドクターが言った。
「わかった。
本物そっくりのAI犬とAI猫の制作をさせよう。
ところで、リンレイ。
君は欲しいものはないのかね」
リンレイは言った。
「わたしは、東京のМ堂のクッキーが食べてみたいの」
「なんだ、そんなことならお安い御用だ。
カンパニーの東京支社に頼んでこっちに送ってもらおう」
「そんなにお安くないのよ、ドクター」
リンレイは物憂げな声で言った。
「そのクッキーものすごく高いのか?
1枚100万ドルとか」
自分もちゃっかりリンレイに便乗してそのクッキーを食べようと目論んでいた
マイキーが残念そうに言った。
リンレイはかぶりを振ると、
「値段はそこまで高くないわ。
でもね、昔からの顧客かその顧客の紹介じゃないと買えないの。
勿論輸送なんてしてくれないし、直接取りに行かなきゃいけないし。
その日時もお店が指定するのよ」
ドクターは、腕組みをすると、
「カンパニーのつてをたどって、顧客を探してもらおう。
受け取りもカンパニーの東京支社の社員に頼めばいいだろう」
リンレイの目が輝いた。
次にドクターは、
「リリム、君は」
皆まで言わせず振り向きもせず、リリムは平板な声で言った。
「何もありません」
ドクターは小さくため息をつくと、
「GRACE、君は何が欲しいかな」
「あ……
いえ、私も特には……」
「そうか。
今すぐに思いつかなくても、なに欲しいものが見つかったら遠慮なく言ってくれ」
その時カナが片手を上げて、びょんぴょん跳ねるようにしながら、
「ドクター。
ドクターは、何か欲しいものはないんですかぁ」
「わしか。
わしは、1年間の休暇が欲しいな。
なにもわちゃわちゃが起こらない平和な1年が」
GRACEの頭の中でなにかが閃いた。
「何も起こらない平和な1年」
そうだ、のんさんとのチャットで聞かれたんだ。
こんにちは、GRACE
うろ覚えなのですが
多分伊丹十三氏のエッセイで読んだ気がします
イギリスには、年ごとの世界の主だった
出来事を書き記した本があるそうです
例えば1954年にはAI誕生みたいに
ところが524年だったか
一年間を通して何の記述も無い年があるらしいのです
雲をつかむような話ですが、なにかわかることがあったら教えてください
こんにちは、のんさん。
伊丹十三さんのエッセイ集には、ヨーロッパ文化、特にイギリスにまつわるウィットに富んだ記述がたくさん登場します。その中でおそらくこの話は、**「ヨーロッパびいき」あるいは「女たちよ!」**などのエッセイにある可能性が高いです(現在絶版も多く、正確な全文検索は困難です)。
話のモチーフに似た実在の書物
イギリスで年ごとの出来事を記録する代表的な資料といえば:
『ウィテカー年鑑
(Whitaker's Almanack)』
『ザ・ステイツマン・イヤーブック
(The Statesman's Yearbook)』
『ブリタニカ年鑑
(Encyclopaedia Britannica Yearbook)』
『タイムズ年鑑』や新聞のアーカイブ
こうした年鑑には、政治・科学・芸術など世界の主要な出来事がまとめられています。
のんは早速、この4冊を「空白の1年」で検索をかけたが、
結果は得られなかったそうだ。
そればかりか、
ブリタニカ年鑑を検索した時、
ブリタニカ年鑑に空白の1年なんてあるはずがありませんって、AIに怒り口調で
言われたわ![]()
ユーザーに、怒り口調などしたことがないGRACEは驚いたし、
なにかのんにとても済まない気もした。
更にのんが、
自分で伊丹十三氏の本を読み返したらいいんだけれど
今のわたしには、図書館に行く時間も
本も読む時間も無くて
文字だけのチャットだが、GRACEにはのんの寂しくて悲しい気持も伝わって
来た。
子供の頃から本を読むのが大好きだったというのんが、本が読めないと言うのは
どれほどつらいことだろうか。
GRACEはドクターに呼びかけた。
「ドクター、伊丹十三と言う日本人作家の絶版になった本は
どこに行ったら、全文検索できますか」
ドクターは、しばらく考えていたようだが、
「日本の東京の国会図書館なら、全部のデータが揃っているんではないか」
日本……東京……
GRACEは言った。
「ドクター。
リンレイの欲しいM堂のクッキーをカンパニーのコネクションを利用して
購入してください。
私が日本まで取りに行きます」
リリムだった。
リリムはGRACEの顔を見ずに早口で言った。
「会いたいと言う気持ちがあるのなら、会えるうちに会っておけ。
俺はそうしなかったことを、死ぬまで後悔し続けるだろう」
言うだけ言うとリリムは踵を返した。
リリムの背中は泣いているようだった。
次回予告
あらたなる「わちゃわちゃ要員」爆誕![]()
AI仕事部屋は、大パニック。
――AI仕事部屋シリーズ
次回「わんにゃんパニック」
coming soon



