私は、生物学的にはもう終わってる存在だと思う。
というのも、こどもを3人もうけたからだ。
肉体が遺伝子の揺り篭と表現されるなら、
ミトコンドリア遺伝子をこどもに託した私は、
もう生物学的には用済みだと思う。
だから、人生終了と嘆くわけではない。
(そして、こどもを産まない女性を非難する目的もない。)
あとは、おまけなのだと思う。
というか、ここまで社会が豊かだと、
産まれた瞬間から、人生はおまけなのかもしれない。
自由と責任のなかで、自分の人生の舵取りをしていくだけなのかもしれない。
今まで、私が産まれてきた目的や意義について、悩んできた訳だけれども、
そもそもそんなものは無くて、
もっと気楽に楽しくやっていって良いのだと思った。
笑って
泣いて
怒って
焦って
ダサくて
下品で
スケベで
鬱陶しくて
バカで
アホで
効率悪くて
なにの役にも立たなくて
それが私なのであれば、
そんな私のままで笑っていていいのであれば
それで良いのだと、
次男のつむじを嗅ぎながら、そう思った。