私にはこどもが3人いる。

小学3年生、1年生、年中の男の子だ。




さて、私は彼等にとって良い母親なのだろうか。






このブログでも書いたが、私は、社会と繋がるために子どもを産んだ女だ。

まともな人間に見られる証明書として、3人も産んだ女だ。




そんな女が「良い母親」になれるんだろうか。

こどもの人生を邪魔しない、ぶっといでかい愛を与えられる存在になるんだろうか。




答えは、Noだ。




私の友人は、

保育園の先生は、

私の家族は、

私を「良い母親」と言う。

頑張っているお母さんだと言う。



そう言われる度に思う。Noって。




ただ、彼等から見た私は、一部、「良い母親」なんだろう。

私が私をくそ扱いせずに、

私が私を尊重できる場面で、

こどもに接する所を見て、

「良い母親だなぁ」と感じるのだろう。




私が私をくそ扱いして、

無駄な敵意を世界に向けて、

「ほら!世界はこんなに冷たくて怖いところなんだよ!」「だから、怠けちゃダメ!」

「お母さんはあなたのために頑張ってるのよ!だから、あなたも頑張りなさい!」

と言葉のうんこをせっせと排泄して、

顔から笑顔が消えたとき、

私は正真正銘の糞な母親になっているんだ。




彼等にとっての「良い母親」は極めてシンプルだ。

彼等に興味関心を向け、

彼等を信じ、

彼等の存在を喜び、

彼等に笑顔を向ける母親だ。

そして、(これはおまけ的な要素かもしれないが)社会で可能性を発揮する母親だ。




そのためには、まず自分を認めてること、満たすこと、癒すことが必要だ。

怠けでもなんでもなく、怪我を直して活動するのと同じように。

私に必要なのは精神的な余白や余裕だ。

今まではそれを得るためにお金を使っていたけれど、お金だけじゃダメだった。




物理的に行動を変えよう。

とりあえず、明日は仕事だから、定時に終わらせて軽やかに帰宅することを目標とする。