【5日目】
この日は、完全な自由行動日です。8時半にホテルを出て、地下鉄4号線の南端の始発 Mairie de Montroug 駅から乗ります。駅構内のオレンジ色の丸いデザインのベンチが、いかにもフランスという感じです。別の駅には、同じデザインで色の違うベンチが設置されていました。
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モンマルトル近くのBarbès – Rochechouart 駅で降りました。雨だったのですが、レインコートを出すほどではありません。帽子だけ被って「モンマルトルの丘」に向かいます。グーグルマップで周辺を確認しておいたので、道に迷うことなくフニクレールというモンマルトルの丘に登る電車の下端駅に着きました。
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フニクレールの軌道長さはわずか100mほどですが、車椅子利用者にとっては必須の乗り物です。上端駅は「サクレ・クール寺院」のあるモンマルトルの丘のてっぺんです。ここからパリ市内を見下ろすことが出来ます。ここで、日本人の母娘さんが、頼んでいないのにわざわざ写真を撮ってくれました。こちらも自撮り機能はあるのですが、せっかくの好意を無下に断るのはマナー違反と思い、撮ってもらいました。

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モンマルトルの丘、エッフェル塔、凱旋門、ノートルダム寺院には、およそ35年前に来ていますが、観光が主たる目的ではない旅だったので、これらの写真が残っているだけでほとんど何も覚えていません。覚えていることと言ったら、夜間、凱旋門を見に行こうとひとりで道路を歩いていたら、建物の窪みに守衛か兵隊が立っていて、えらくビックリしたことくらいです。
団体旅行だと記憶に残らないのです。旅は自分で作ってこそ記憶に残るものです。今回のフランス旅行は、団体ツアーとはいえ、基本は全て自由行動なので、少しは記憶に残るでしょう。このように書き残しておくことも大切です。

 

「サクレ・クール寺院」は、ビザンチン様式の寺院です。ビザンチン様式はロシア正教会の寺院様式に似ています。だからでしょうか、ロシア人観光客がやけに多いようでした。イメージ 4
観光土産店の並ぶ道を進んで、寺院の西側に隣接するテルトル広場に行って見ました。四角い広場で、周辺にはカフェが並んでいました。まだ10時前でしたので、かなり静かでした。ここで印象的だったのは、道路に吹き出ている水の所に鳩たちが集まって水浴びをしていたことです。テルトル広場のお土産店で、磁石で貼り付く小さなパリの絵を5€で買いました。

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帰りは、フニクレールを使うことなく、モンマルトルの丘を歩いて降ります。途中で、車椅子を見た現地の人が、「この先は階段で降りられないよ」と親切に教えてくれました。なので、「少しなら歩けます。メルシー」と言って、その通り、お母さんに少し階段を降りてもらいながら、元の場所に戻ってきました。

 

地下鉄4号線に乗り、パリのど真ん中、パリ発展の核となったシテ島のSITE駅に行きます。セーヌ川の中州であるこの小さな島の東側に「ノートルダム寺院」があります。インターネットでルーブル美術館13時の入場券を購入していたので、それまで1時間ほどノートルダム付近のセーヌ川沿いを散策することにしました。
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この時は、小雨も上がって薄日が差していたので上出来の天候でした。
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ノートルダム寺院からコンシェルジュリー(最高裁判所)を右手に、左手にサン・ジュリアン・ポワール教会、造幣局、国立美術学校の建物などを眺めながらセーヌ川を西に向かって歩きました。シテ島が終わった先にあるカルゼル橋を渡るとルーブル美術館です。
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道路わきで焼き栗6個ほどを3€で買って食べました。焼き栗は、この季節にしかないパリの屋台名物です。山の中で生まれ育ったお母さんの瞳が輝きました。

「ルーブル美術館」のガラスのピラミッド前で撮ったお母さんの写真は、栗でホッペタが膨らんでいます。日本で印刷してきた13時入場のeチケットを提示し、長い行列に並ぶことなく美術館に入りました。車椅子利用者は、丸いオープンリフトで入場階(地下1階)に行けます。車椅子というだけでVIPみたいな待遇なのです。

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ルーブル地下1階のここは、観光客で最高に混み合うフロアです。美術館に入る前に、まずはトイレ、次にサンドイッチとコーラを買っての昼食です。サンドイッチを買うのに、前の客が4人しかいないにもかかわらず15分以上待ちました。日本と比べると、一人の客に割く時間が異常に長いのです。客も店員も手際が悪すぎるのです。民俗性の問題なのでイライラしても仕方がないのですが、自分が買ったときは加温時間だけで、ものの1分ほどで済んだのですから、他の客は、他者への迷惑を顧みることなく、自分のために多くの時間を平然と占有しているのです。これが日本以外の国々の平均的な有り様なのです。何度も海外にプラプラ出かけたことのある貢一は、このことを良く分かっていますが、やはりこのような現場に遭遇すると少々イラつきます。海外での旅の宿のドミトリー(相部屋)で出会った日本人どうして話している時、それぞれの土地の民族の印象として「こいつら、馬鹿だな」という本音を聞くことが度々あるのですが、僅か4組の客がショーケースに並んでいるパンを買うのに15分もかかるというこのような場面こそ、まさに「こいつら、馬鹿だな」と本気で思ってしまう場面の1つなのです。ゴメンチャ。
いよいよ美術館に入ります。順路に沿って進むと、遺跡の展示コーナーに入ってしまいました。一通り見たので上の階に進んだのですが、その階を観終わってさらに上の階に進もうとしたら、階段しかありません。係員に聞いたら「入り口に戻って、Gのエレベーターに乗るしかない」と言われました。ヨーロッパは車椅子利用者にとって比較的便利にできていますが、ここルーブル美術館は決してそうではありません。「ここまで来て、入口に戻る(!)」て、たいそうな距離です。でも選択肢はないので戻りました。Gのエレベーターで目的の階に昇り一通り観ました。
逆さまのガラスピラミッドは、地下一階の地下鉄駅に向かう広場にあります。
室内の展示品ばかり見ていると、窓の外に見えるルーブル美術館の大きくて華麗な建物の方が見ごたえあるように思えてしまいます。お母さんは窓のそばを通る時、いつも外ばかり見ていました。
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写真右側の首のない天使の像は、勝利の女神:ニケの像です。階段上の広い踊り場に置かれていました。
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「モナ・リザ」のある階に来ていくつもの絵画を見ていました。
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ところが、なぜか「モナ・リザ」に辿り着けません。アフリカ系の日本語が少し話せる係員に聞いたら「モナ・リザ、まだ観てない!」と驚きながら、「ここを、真っすぐ」と日本語で教えてくれました。真っすぐ進んだ先は突き当りの壁でした。そこにいた女性の係員に聞いたら、車椅子利用者しか通れない秘密の扉を開けて通してくれました。それでやっと「モナ・リザ」に辿り着けたのです。
「モナ・リザ」の部屋に入ったらすごい混雑で、近くに行けません。徐々に進んで前方5列目くらいに来たところで、係員が車椅子用の最前列に呼んでくれました。だったら、最初から側方を通ってそこに行けば待つことなく見られたのです。でもまあ、真近で見ることが出来て幸いでした。お母さんに“「モナ・リザ」に秘められた近未来の地球に関する暗号”のことを話し、写真に撮ったところで、ちょうどデジカメの電池が切れてしまいました。
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この日は、これからシャンゼリゼを歩いて夜景を見ることになっていました。華やかな夜景をとれないという落胆と、「モナ・リザ」を撮れたという安堵感で、頭が空回りを初めてしまいました。この時すでに、美術館内を3時間近く歩き回っていましたからもう気力が十分残っていませんでした。そこで、「民衆を導く女神」など人気のある絵画の前は人だかりなので写真も撮れないまま、ルーブルを出ることにしてしまいました。お母さんも美術館に飽きていたようでしたし・・・。

 

後で同じツアーの若者参加者と話したところ、「3Dの案内を使ったけれど、かなり迷った」と言っていましたから、ルーブル美術館をくまなく見るのはなかなか大変なようです。初めてルーブルに行く場合は、館内地図を十分確認の上、見たいところを先に見て、時間があったらそれ以外を見る、という手順にしないと、今回のようなことになってしまうことでしょう。たまたまこのブログを読んだ人は、他山の石としてください。

 

ルーブル美術館を出て、「チュイルリー公園」のど真ん中を西進し、途中の丸い池のベンチに座って小休止している時、お母さんはカバンの中に入っていた昼食の残りのサンドイッチを、ひとかけら鳩にあげたら、すごい勢いで鳩たちが集まってきてしまいました。身の危険を感じる程にたくさん集まってきたのです。「もう、絶対やらないで!」と懇願しました。

 

「コンコルド広場」に出ました。ここに「観覧車」があったので乗ってみました。一人2周で6€でした。最上部に上がった時、ちょうど日没直前で、パリの北側にあるモンマルトルの丘方面が、西日に照らされて最高に綺麗に見えました。ここでも「綺麗!」という感動と、「写真に撮れない!」という落胆が混ざって「ギャオー」と叫んでしまいました。お母さんだけでなく、隣の観覧車の人にまで聞こえたようで笑っていました。笑い事じゃあないんだっちゅーの!

 

コンコルド広場から凱旋門まで直線3kmほどが、「シャンゼリゼ通り」です。コンコルド広場側4分の1程は両側にいろんな屋台が並んでいて、そこから先の凱旋門側は、車道より広い歩道と店舗のショーウインドーが並んでいます。11月21日のこの日、もうクリスマスの飾りつけをしてクリスマスソングを流しているお店もありました。いろいろな出店を見ていて飽きません。クレープにジャムをつけて売っているお店があったので、30×20cm程もある大きなのを1枚5€で買ってお母さんと半分ずつ食べてみました。それほど美味しいとは言えませんでしたが、油たっぷりでたいそうお腹に溜まってしまいました。しばらく歩いて日本では買うことなど100%ない大きなソーセージを6€で買ってしまいました。ところがこれがまず過ぎて半分食べたこところで、ゴミ箱に捨ててしまいました。肉類など買ったのでバチがあたったのかもしれません。あまりにもまずい味が口に残っていたので、別の出店で青いカップに入った美味しそうな赤い液体を、何かわからないまま2杯10€で買いました。お酒の混ざった何かのジュースでした。体が温まったので3分の2飲みましたが、お母さんは口を付けただけで飲みませんでした。このまずい食べ物と美味しいとは言えない飲み物に懲りて、この日はもうないも食べる気になりませんでした。でも華やかなイルミネーションの明るい雰囲気のシャンゼリゼ通りと、最後に登った凱旋門からの夜景が綺麗過ぎたので、ウルトラ不味かった食べ物のことは忘れてしまいました。
途中でストリートダンスをする4人の若者のパフォーマンスを見ることが出来ました。とても上手だったので2€ほどを帽子に入れてきました。
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「凱旋門」に着きました。地下道を通って凱旋門の真下で一人12€のチケットを買い、地上に出て車椅子のまま凱旋門の上までエレベーターで昇ります。夜景を見るためには、さらに20段ほどの階段を上らねばなりません。でも、この程度ならお母さんでも大丈夫。登りました。
夜7時半頃だったはずです。凱旋門を中心に道路が12方向に放射状に伸びていますから、どの方向を観ても綺麗です。特に東側に伸びるシャンゼリゼ通りは華やかなので、多くの観光客はこの方向に立ち止まって夜景を見ていましたが、最も綺麗なのは、何と言っても南南東側に見えるエッフェル塔の夜景です。東京タワーとは比較になりません。東京タワーは単なる機能的な鉄骨構造物です。エッフェル塔は芸術品ですね。構造的な意味では必要のない細い部材が繊細な芸術的な美しさを醸し出しているのです。昼観ても美しいエッフェル塔ですがライトアップされた夜は、更に一層美しくなります。
この美しい夜景に感動すればするほど、写真に残せない事態が頭を狂わせます。そんな様子を見かねてか、お母さんは「もう一回、来ればいいじゃん」と言いました。お母さんもこの美しさに感動していたようです。この意見に、ちょっとびっくりしましたが、心が明るくなる言葉でした。
35年前に来た時、その時の近畿日本ツーリストの添乗員さんは凱旋門の上に登ることなど、一言も言っていませんでした。今回のHISの添乗員さんは「夕暮れ以降の凱旋門は、お勧めです」と言っていたので、今回昇ることにしたのです。そしてそれは大正解でした。「パリに行って、夜の凱旋門に登らないなんて、全然意味がない」とすら言い切れます。華やかなイルミネーションの明るい雰囲気のシャンゼリゼ通りと、最後に登った凱旋門からの夜景は綺麗過ぎました。

 

凱旋門を降りて、そこからすぐに地下鉄に乗りホテルに帰るつもりでしたが、まだまだ賑やかで明るいシャンゼリゼに魅せられて、再びシャンゼリゼ通りの反対側を歩くことにしました。一駅か二駅分だけ歩くつもりだったのですが、東へ向かう方向は緩やかな下りなので、車椅子は方向を取るだけで勝手に進んだので、結局コンコルド広場まで来てしまいました。ここまで来たなら、夜のセーヌ川沿いを歩こうと思い、結局4号線のオデオン駅まで歩いてしまいました。この日車椅子を押しながら歩いた距離は、ノートルダム大聖堂から凱旋門までを往復した距離に相当します。トータルで8kmくらいでしょうか。でも、パリの雰囲気に飲まれていましたから、疲れた感じはほとんどありませんでした。ホテルに戻ったのは9時半頃でした。

 

(その5)  へ続く