イタリアの旅 (その1) より
■ 2日目:7月8日 ■
朝起きた時、お母さんは、「ここはどこ?」といいました。「イタリアのローマだよ」というと、「えらい所に連れて来てもらったもんだ」といいました。この会話は、毎朝の定番儀式のように繰り返されました。
カーテンを開けると痛いほどの陽射しで、ものすごい快晴でした。(結局、イタリア滞在中、ほとんど雲のない快晴、しかも酷暑ばかりでした)

今日はローマ市内の観光地を歩いて回ります。キャンプ村の真ん前にバス停があります。バス・地下鉄・トラムに乗れる1日乗車券(7€/人)を2枚買って、ローマの中心部に向かいます。

まず路線バスに乗って地下鉄のコルネリア(Cornelia)駅に向かいます。事前にグーグルマップで調べておいたので、路線番号246のバスに乗ればいいことは分かっていました。降りるバス停付近の街並みもグーグルマップのストリートビューで見ていたので迷うことはありませんでした。
但し、この時は地下鉄利用の最初だったのでエレベーターがあることを知らずに、エスカレーターで降りました。でも、日本から持参した小さな車椅子はお母さんを乗せたままエスカレーターでも問題なく昇り降りができます。
コルネリア(Cornelia)駅から3つ目の、バチカンに最も近いチプロ(Cipro)駅に向かいました。
【サンピエトロ大聖堂の周辺】
地下鉄駅から地上に出ました。そこからサン・ピエトロ大聖堂の尖塔が見えましかたから、方向を間違うことはありません。
バチカン市国の城壁を周回する道路まで緩やかな車道はありますが、花の咲いた階段が見えたので、あえてお母さんに歩いて登ってもらうことにしました。
で、階段を登り終えると、そこにホームレスのおじちゃんが一人寝ていました。いきなり最初から「あれっ」って感じです。これも現実。

バチカン市国を周回する道路にはとてつもなく長い行列ができていました。バチカン博物館に入る人々の行列です。ここに並んでも、行列の長さから2時間以上の待ちになることでしょう。なのでその行列に並ぶことなく、サン・ピエトロ大聖堂の入り口に向かいます。
【サン・ピエトロ大聖堂】
4世紀にコンスタンティヌス帝の命によって建てられたカトリックの主聖堂です。聖ペテロの殉教地に建てられたのでこの名前がつけられています。

およそ30年ほど前、貢一がここに来たのは、世界中のカトリック信徒が集まるパーム・サンデーという年に一度のバチカン最大のイベントがある日でした。ですから、その時は、サン・ピエトロ大聖堂の中には入れませんでした。

でも、この日はイベントのない平日でしたから、十分にゆっくり内部を見ることができました。サン・ピエトロ大聖堂は入場無料で入ることができます。車椅子を見た受付の係員さんが、エレベーターのある通路へ案内してくれました。
上のフロアに上ると小さな博物館のような展示通路を進むことになりました。ここは写真撮影禁止でしたから写真はありません。展示通路の突き当りは20段ほどの狭い湾曲する階段でしたが、車椅子を折り畳み、お母さんに歩いて登ってもらって、観光客でごった返す聖堂内に出ることができました。
荘厳という感じはしませんでしたが、悪い気ではありませんでした。


近年、特に昨年から今年にかけて、バチカンを支配していた霊的な存在が悪いものから良いものに変わったのです。「ローマとイタリアと世界が、平和と安定を維持できますように・・・」と祈ってきました。
南米から来たらしいシスターの皆さんも、聖堂内を見学していました。
聖堂を出ると、青黄赤のユニホームが絵になっている守衛さんたちがいます。

聖堂から広場の出口に向かってゆく途中で、サン・ピエトロ広場の中央にあるオベリスクや噴水など、たくさんの写真を撮りました。

【朝ご飯】
サン・ピエトロ大聖堂の敷地を出て、道路を歩いていると、サンドイッチを売っているお店が何軒もありました。なのでサンドイッチ2つ(4€×2)を買って、半分ずつ食べました。皮の柔らかい方は美味しかったのですが、皮の固い方はお母さんにとって美味しいとはいえなかったようです。でも、お腹は満たされました。

店内でイタリアの形をした黄色い飲み物(小6€)を発見し買いたいと思ったのですが、これから1日中歩き回る上で荷物になるだけなので買うのは控えました。
この時、警察官が4人店内に入ってきて、3人は飲み物を飲み、1人は食事をしましたが誰も料金を払うことなく出て行きました。レジの女性は不快そうな表情でしたから、無銭飲食なのでしょう。多分、マフィアとイタリア警察の癒着は、イタリアの常態なのでしょう。日本だって、ここまで露骨でなくてもヤクザと警察は裏でキッチリつながっています。
20分ほどしてお店を出て、サン・ピエトロ大聖堂から東に真っすぐ向かうとサンタンジェロ城に着きます。
【サンタンジェロ城】
139年にバドリアヌス帝の霊廟として造られたものです。6世紀にペストが流行った時、この霊廟に大天使ミカエルが降り立って剣で疫病を追い払うのを法王が見たことから、サンタンジェロ城=聖天使の城とも呼ばれているそうです。
変わった形のサンタンジェロ城内は階段が多そうで、お母さんの観光は無理そうでした。なので外から見ただけです。でも、周辺のテヴェレ川の景色を楽しむだけでも十分でした。

お城の前の、車は通れないサンタンジェロ橋を渡って、ナボーナ広場に向かいます。その後も、あえて車の通らない狭い石畳の道を進んでみました。
ローマの路地裏の石畳は、所々デコボコしていて、時々前輪が隙間に嵌ってしまい、その度に、お母さんは何度も前のめりになってしまいました。乗ってる方も楽じゃなかったようです。
しかし、7日間イタリアのあっちこっちの石畳を走っても、全く故障しなかったこの軽量の小さな車椅子(発売元:生活良品ルーブリ)は、なかなかの優れものだったと言えます。さすが日本製です。
途中の小さなお店で、軽いスナックのような1€ほどのお菓子を買って、ポリポリ食べながら進みました。イタリア人で食べ歩きをしている人は見かけませんでしたが、ここは路地裏ですし、口に放り込んでしまえばわかりません。美味しいお菓子でした。
【ナボーナ広場】
長さ260m、幅50mの楕円形の広場です。古代ローマ競技場の跡地がこの広場になったそうです。

広場の中央には、オベリスクがあり、それを囲んで、バロック美術を代表するナポリ出身のベルニーニ作の4大河噴水があります。4大河とは、ガンジス、ナイル、ドナウ、ラプラタ河を表しているそうです。
この噴水以外にも、南北にネプチューンの噴水とムーア人の噴水がありました。
ナボーナ広場の東側徒歩5分の所に教会があります。
【サン・ルイジ・デイ・フランテェージ教会】
十字軍を指揮したフランス王ルイ9世に捧げられた教会だそうです。
入館は無料なのですが、入っている人が誰も居ないようだったので、前を通っただけで終わってしまいました。

【給水施設】
パンテオンの北側には噴水があり、その袂に黒い鋳鉄製の給水施設がありました。お巡りさんが、ここから流れ出る水をペットボトルに汲んでいたので、観光客が真似て水汲み場になってしまいました。
ローマにもヴェネチアにもこのような給水施設がありました。酷暑のイタリア滞在7日間で、多量のペットボトルを買うことになりましたが、この日は、この給水施設の水で賄うことができました。
【パンテオン】
パンテオンは古代ローマ建築をほぼ完全な形で残す遺構だそうです。アウグストゥス帝の娘婿のアグリッパが建てたものだそうです。内部は直径43.3mの球体がすっぽり収まる構造になっているので、柱はありません。

クーポラ(ドーム型の天井)の中央にある丸窓は、日時計の役割も担っていたそうです。

パンテオンを出て南に歩いて行くと、広場に出ました。
【トッレ・アルジェンティーナ広場】
ここは、ガイドブックには何も掲載されていない広場でした。

周辺の路面より3mほど低くなった広場です。遺跡が発掘されたことで広場として残されたのでしょう。
ローマにある松の木は、何処であれ写真のように下枝は切り落とされ、上部だけ丸く刈上げられた形状をしていました。
【トラムで市内見学】

トラム路線がある道路の両側には、ほとんど樹木が植えられていました。そして、道の両側は、路駐の車で埋まっていました。
ローマは、そもそも遺跡があるからこその観光都市なので、自動車道路整備計画は立てようもなく、また、狭い石畳の道路が多いので、駐車場を作るということ自体が不可能だったのかもしれません。
乗用車も中型車か小型車が殆どで、盗難防止のためにあえて洗車する習慣も無いようで、薄っすらと埃を被った車が殆どでした。
トラムの終点まで行き、折り返して、また元の地点に戻ってきました。
【ヴェネチア広場】
ローマの中心にある最も広い広場なのに、ヴェネチア広場という名称です。広場の西側にヴェネチア宮殿があることから、このような名称になったようです。
広場の中心にある白い大理石の建物は、1870年にイタリア半島統一を果たしたヴィットリオ・エマヌエーレ2世記念堂です。

赤黒色の古代遺跡が基本の都市ローマにあって、1870年建造の白い大理石の建築物は、なんかしっくりしません。でもまあ、ローマの中心にある最大の広場ですから、ローマに来た人は、誰でも必ずここに来ることでしょう。
交通量の多い煩い広場なのに、芝生の上で鳥さんがのんびり休んでいました。