小さなマナーと
暮らしのヒントを綴っています
人生を美しく整えるマナー講師
佐藤 夕です
先日、レストランで食事をしていたとき、
ふと、こんなことを考えました。
食事を終えたあと、
空いたお皿を重ねて、
テーブルの端に寄せる。
「片づけやすいように」
「店員さんが運びやすいように」
そんな気持ちから、
何気なくしている方も
いらっしゃるかもしれません。
もちろん、
そこには悪気などありません。
むしろ、
「少しでも相手の役に立てたら」
という親切な気持ちからの行動だと思います。
けれど、
お店によっては、
お皿を重ねないほうがよい場合もあります。
食器の種類によっては、
重ねることで傷がついてしまったり、
かえって片づけに手間がかかったりすることもあります。
良かれと思ってしたことが、
相手にとっては
必ずしも助けになるとは限らない。
これは、
食事の場面だけではないように思います。
たとえば、
誰かが困っているように見えたとき。
「こうしたほうがいいよ」
「私だったらこうする」
「あなたのためを思って言うけれど……」
と、
すぐに答えを渡したくなることがあります。
もちろん、
それも相手を思ってのこと。
でも、
その人は本当に
答えを求めているのでしょうか。
もしかしたら、
ただ話を聞いてほしいだけかもしれない。
自分で考えたいのかもしれない。
あるいは、
そっとしておいてほしいのかもしれません。
「何かをしてあげること」と、
「相手を大切にすること」は、
いつも同じとは限らない。
私は、
ここにもマナーの本質があるように思います。
マナーを学ぶと、
「こんなときは、こうする」
という知識が増えていきます。
もちろん、
基本を知ることはとても大切です。
でも、
その知識をすべての場面に
そのまま当てはめればいいわけではありません。
目の前にいる人を見る。
その場の状況を見る。
そして、
「今、この人にとって心地よいのは何だろう」
と考えてみる。
知識は、
そのための土台なのだと思います。
以前なら、
「親切にしなければ」
と思ったら、
すぐに何かをしていたかもしれません。
でも、
いくつかの選択肢を知っていると、
手伝う。
声をかける。
少し待つ。
何も言わず見守る。
その中から、
相手や状況に合わせて
選ぶことができます。
何もしないことも、
ときには思いやりになる。
これは、
大人になるほど大切な感覚なのかもしれません。
そしてもうひとつ、
私が気をつけたいと思っているのが、
「良かれと思って」
という言葉です。
「良かれと思って言ったのに」
「あなたのためを思ってしたのに」
そう感じたときほど、
少しだけ立ち止まって、
「これは本当に相手が望んでいることかな?」
と考えてみる。
親切の基準を、
「自分が何をしてあげたいか」から、
「相手は何を必要としているだろう」
へ移してみる。
それだけで、
人との距離感は少し変わるように思います。
マナーとは、
たくさんの正解を覚えて、
いつでも正しく振る舞うためのものではありません。
基本を知ったうえで、
目の前の人や状況に気づき、考え、
そのときに合うものを選ぶ。
知識があるから、気づける。
気づけるから、選べる。
そして、ときには
「何もしない」という選択もできる。
そんな柔らかさを持つことも、
品のある人との関わり方なのではないでしょうか。
次に、
誰かのために何かをしてあげたくなったとき。
ほんの一瞬だけ、
「これは、誰のための親切だろう?」
と考えてみる。
その小さな間にこそ、
本当の思いやりが生まれるのかもしれません。



