教員時代数が数えられなくて泣いた話 | ADHD7つの肩書きで多動に生きるパラレルキャリアー雨野千晴のうっかり女子でも大丈夫♡なブログ

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頭の中が多動なADHD不注意優勢型・37歳で診断された超うっかり者の私でも、毎日楽しく生きられます♪失敗しても大丈夫♥自閉っ子&ADDタイプ兄弟子育て中シンママです。7つの肩書きで多動に生きる私の日常&パラレルキャリアについて。





一年の感謝に変えて 書籍原稿の一部を投稿します

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放送でご紹介いただいた「同僚が事務作業を手伝ってくれて…」のエピソードは、当時教頭だったK先生のことです。


現在ぶどう社さんからの出版に向けて書いている原稿から当時のエピソードをシェアします。





 その年私は全校の児童数を確認して教育委員会に報告する学籍という仕事を担当していました。単純に数を数えるだけなのですが、特に年度替わりは人数が違うとクラス分けや教員の定数にも大きく関りのある重要な仕事なのです。




 私は複雑な公式を暗記して、そこにあてはめて計算するというような数学は得意だったのですが、単純に数を数えるということがとても苦手。さらに年度替わりは数の数え方がなかなか複雑。転出した日によって手続きが間に合わずに4月は在籍にしなければいけない児童がいたり、その逆があったり…。それでも究極、在籍児童数を数えればいいだけなのですが、それが私にとっては超絶ハードル高いことだったのです。





 これはまずい…。




 この仕事の自分的困難さに気が付いた私は、4月はとにかく学籍の仕事を何より優先にやることに決めました。まずは初回。5月1日付で出す人数報告の書類をミスなく仕上げる!毎日のように数を入力して、確認して…、時には22時近くまでやっていた日もありながら、やっとの思いで仕上げることができました。




 他の人がやっていたら、もっと簡単に終わっているはずであろう作業。でも、ひとまず終わって本当に良かった!わたし、がんばったー!!と、意気揚々と管理職&教育委員会にできあがった書類を提出したんです。しかし後日、私が帰宅したあと、教育委員会の担当部署から差し戻しがありました。しかも10箇所も間違っていたのです。




 差し戻しがあった翌日。私が出勤してその事実を知る前に、超ウルトラスーパー仕事できる教頭先生が、その資料を全部直してくれていました。出勤後に事実を知った私は、思わず泣いてしまいました。ものすごく激務な教頭先生の貴重な時間を、私のミスに割かせてしまったと思うと本当に情けなくて…。教頭先生はそれまでにも、学籍の仕事が全くわかっていない私にいつも的確なアドバイスをくださっていました。




「それは○○と比較すればいいんですよ。」とか、

「それは○○さんに確認すればいいんですよ。」とか。


 私ができるようになることをあきらめずに、根気よく教えてくれていたのです。それなのに…。肩を落とす私に、教頭先生は


「あめ先生!今度からは、この仕事、一緒にやりましょう!!」


 と笑顔でおっしゃったのでした。




 私はそれを聞いて、正直ほっとしました。このうっかりADHD女にはかなり厳しい種類の仕事だと、はじめからわかっていたけど。もう決まったことだし、やるしかないと思って、自分のできる限りの力を総動員して二カ月間やってきました。でも、やっぱり無理だった…。一緒にやっていただけるのなら、これ以上心強いことはありません。




 その後、この書類は教頭先生と一緒に、細かく最終確認をしてから提出することとなりました。




 さらにありがたいと思ったのは、単に確認してくださるだけでなく、どの書類のどこまでは自分でできて、どこからが間違いが多いのか。ダブルチェックしていただく相手にどの書類をどんなふうに照らし合わせて持っていけば、チェックする側も確認しやすいか。私ができること、できないことを私自身が把握し、それを助けてもらうためにどうすればよいかというところまで指導してくださいました。




 単に助けてくれる、というだけでなく、苦手があってもその人の力を発揮するためにはどうすればよいか。そんな視点を子ども達にだけでなく、職員に対しても向けて、育てていただいていたのだなと思います。




 かくして、ダブルチェックをすることで、教育委員会から修正の連絡が入ることは無くなったのでした。





みんながくれた、A評価


 そんなふうに、みんなに助けられながらの職場での日々、相変わらずうっかりは多発で、就職前に思い描いていた「仕事のできる自分」の姿はみじんもなかったけれど…。自分がかっこよく見えるとか、みんなにほめてほしいとか、そんなことは気付けばどこかに行ってしまっていました。




 ださくても、評価されなくてもいいから、自分らしくあることでみんなに恩返しできることはなにか。みんなにもらったやさしさの分だけ、「子ども達や職員、学校のために自分ができることをせいいっぱいやろう」と考えるようになりました。




 そんなある日のこと。教頭先生が会議の資料を作っていたので、


「先生、何かお手伝いしましょうか?」


と伺ってみると


「え~!!すごい助かる!!神様に見える~!!!」


とまで言って喜んでくれました。そのとき私がお手伝いしたことって、資料を組んで、閉じただけなんですけどね。でも、急ぎのものだったことと、他の先生方、みなさん忙しい時間帯だったので「すごく助かった!」とおっしゃってくださったのでした。




 他の人と比べれば、特別なスキルがあったり、とびぬけて仕事ができたりといった力がなかったとしても。自分が自分のできることで貢献したいという思いを持ってさえいれば、誰かの力になることができるんだ!と感じるとともに、自分の得意なことでも、もっとみんなの役に立ちたい!そんな想いがますます湧いてきたできごとでした。




 世界って、きっと本当は自分が思っているよりも優しいんだと思います。自分で自分を受け入れて、心のドアを開けられるかどうかなのかもしれません。できない自分を責められていた、育休前の月曜の朝は死にたい気分だった、あの時期に自分を責めていたのは、同僚の先生ではなくて自分だったんだと思いました。




 失敗だらけの自分のままでも、やりがいに満ちた毎日がそこにはありました。




 その年度の終わり。1年の業務を振り返った私の「自己観察書」、管理職からの講評欄には、教頭先生からの「正確を期する文書の誤記入を未然に防ぐよう努めた」との言葉が書かれていました。そして「責任感、連携・協力、姿勢、積極性」の項目にA評価をいただいていたのです。




 すごくびっくりしました。だってそれって、みんなが私を助けてくれただけなのに…。それは、「できない」を開示した私に、みんながつけてくれた力だと思いました。そして、今までの、どんな成績よりもうれしかったんです。




 「工夫すれば、大丈夫」あのときの教頭先生の言葉と共に、この自己観察書は、今も自分を勇気づけるお守りとして、いつも目に入るように寝室の壁に掲示してあります。

 





最後までお読みくださってありがとうございましたウインク

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教員時代だけでなく、それ以前も、今も、

たくさんの方のおかげで笑って過ごすことができています。




落ち込んだり悩んだりすることもあるけれど、

それでも私が「うっかりでも大丈夫」と確信をもって言い続けていられるのは



私につながるたくさんの方々からいただいた

「大丈夫」があるからです。




いただいた「大丈夫」を今度は

私が必要としている方にお渡ししていきたいと思います。




今年関わってくださったみなさん

投稿など気にかけてくださったみなさん

本当にありがとうございました^^


「どんなあなたでも大丈夫」



みなさんが年末年始

安心してお過ごしになりますようにウインク




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