教師の在り方は、子ども集団におもしろいほどに反映される。
教員時代に体感したことのひとつだ。
ある先生が受け持つクラスには
毎年、ある種の熱狂のようなものが生まれる。
多くの子どもたちは、クラスが楽しいという。
(そしてごく少数の子どもは拒否反応を示す、または密かについていくことができない)
運動会や長縄跳び、給食の残量しらべなど
さまざまな場面で上位に入る。
(私の勤務していた学校では、イベントごとに数字で競うようになっていることが多かったように思う)
なんというか、クラスの雰囲気が昔の学園ドラマのような状態なのだ。
このような先生は
性別を問わず、存在する。
例えば運動会には、怒号がとんでいたり
その他の場面でも
異様に厳しいペナルティを課したり
態度が冷たくなったり
というのと裏腹に
ものすごく笑わせてくれるとか
ここ というところを的確に賞賛するとか
努力が結果につながるような指導をする。
そしてこういう先生は
一斉授業がうまい。(私調べ)
人を引き込むスピーチ力がある。(私調べ)
学年の終わりには全員が号泣し
進級後に「前の学年の方がよかった」
という声が多く上がったりする。
当時、そのような先生に対し
求心力があるんだな~
と思いながらも
なんだか違和感を感じていた。
今ならその違和感の正体がわかる。
どなったり
おどしたり
それを教育の一環として正当化し
その教員の価値観で
善と思われるものには
過度な称賛を与える
それってある種のマインドコントロール。
しかも、それを本人は「子どものため」と思ってやっているのだからやっかいだと思う。
子ども自身の可能性を伸ばしているとは
決して言えないと私は思っている。
4月に学級がスタートすることを「学級開き」という。
はずかしながら、私は現役時代「学級とじ」「学級じまい」というアプローチもあるということを知らなかった。
『学び合い』を実践している先生方の投稿を見てはじめて知ったのだ。
その学年での学び、関係性を一旦閉じ
新たな気持ちで次年度へ向かえるようにする。
本当に子どもたちの成長に寄与できることって
その先生に熱狂させたり、過去に固執させることでもない。
人の成長をサポートするときに
脅しも過度な称賛も、本当はいらないはずなのだ。
そして、それって学校だけの話じゃないと思っている。
職場でも
夫婦間でも
先輩後輩でも
人と人との関係性の中に
不自然な熱狂が存在するとき
それは異常な状態であるのだということを
知っておく必要がある。
私の教員時代のブログによく登場していたプリティー先生は
https://hama-sush-jp.pro/nobiroukun/entry-12209080083.html
『3学期になると女子が私の価値観を踏襲してくる。それが本当に怖い。』
と話していた。
『先生がどう思うかじゃなく、あなたはどう思うの?』
と、問えること。
そういう感覚を持てることが
人の成長をサポートするのに最も必要なことなのではないかと
最近感じている。
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https://hama-sush-jp.pro/nobiroukun/entry-12282630194.html
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https://hama-sush-jp.pro/nobiroukun/entry-12431930083.html
<私の障害観>
https://hama-sush-jp.pro/nobiroukun/entry-12221242109.html
・数字が覚えられない
https://hama-sush-jp.pro/nobiroukun/entry-12263305950.html










