耳触りが良くないと思うのは、心に刺さるからだ。あなたは何人見捨てたか、と問われているように。 | ADHD7つの肩書きで多動に生きるパラレルキャリアー雨野千晴のうっかり女子でも大丈夫♡なブログ

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頭の中が多動なADHD不注意優勢型・37歳で診断された超うっかり者の私でも、毎日楽しく生きられます♪失敗しても大丈夫♥自閉っ子&ADDタイプ兄弟子育て中シンママです。7つの肩書きで多動に生きる私の日常&パラレルキャリアについて。

【1人も見捨てない】って、すごいなぁ、と思うの。



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【みんなで】って言う方が、
耳障りもいいし
共感も得られやすいし
何か、ポジティブな感じがするよね。



でも、

【みんなで学ぶ】とか
【みんなで生きる】とかじゃなく
1人も見捨てない


という表現を
あえて選んでいる、意味を思う。


本当の本当に
たった一人も。


SDGsなんて言葉、ない頃から
西川先生は、そう願ってるんだ。


それが、先生の
研究へのモチベーション。



以下、長文ですが

西川先生の投稿転載。

■ ■ ■

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資質・能力を最大限に引き出す! 『学び合い』の手引き ルーツ&考え方編(https://amzn.to/2HndzHe)には『学び合い』の考え方や方法論がどのように生まれたかが書いています。





 『学び合い』の方法論の出発点は優れた教師の方法論を抽出することから始まりました。(この過程は電子出版している現在絶版中の本にあります)




従来型授業において子ども集団を動かすのがうまい先生、「脅し方、おだて方」のうまい先生はいます。



その先生方は、ツボどころに短い言葉を発します。その言葉の後に生じる子どもの言動を、膨大に記録し、分析することによって『学び合い』の初期の方法論(例えば可視化)は確立されました。






 しかし、ここで出てくる方法論は教師の常識の範囲。説明すればすぐに「なるほど」と納得するレベルです。



ところが4人班をつくらない、そもそもグループを作りなさいと求めない、というレベルになると直ぐに「なるほど」と納得しません。



何故、4人班なのかを問われれば答えられませんが、なんとなくそう思うのです。そして、その中にはリーダー性の高い子が含まれるべきだと思うのが常識です。






 では、どうやってこのレベルの方法論が生まれたのか?

 それは子ども観があります。一人の教師が思いつくレベルの限界、子ども集団の可能性を信じられる考え方があったのです。





 子どもたちに方法を強いず、「全員達成」を求めたのです。そうすると子どもたちは様々なトライアンドエラーを繰り返しました。




結果として、TPOによって相手と規模を柔軟に変化させる集団を創り上げたのです。さらに子細に分析すれば、その殆どの時間は個人の問題解決に費やしていることが明らかになりました。



必要なときに他者と関わることをやっていたのです。これは「グループになること」を目的とする学習では生じない姿でした。



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 教育委員会に『学び合い』の後援申請をする際、「子どもに学ぶ教師の会」という名称の会で申請する場合があります。このネーミングは上記の『学び合い』の成立に由来します。

 しかし、「全員達成」を求めているだけでは、一定以上には進めません。

 教師が絶対無理という壁があります。




 例えば、知的障害のある子がテストで満点を取ること、また、肢体不自由児が跳び箱を跳ぶことなどです。どうやっていいかなんて分かりません。



もし、教師が面白い授業、分かりやすい授業ではなく、子どもたちの一生涯の幸せを願っているならば、どうやっていいか分からなくても乗り越えるべきであることを理解できます。



なぜなら、子どもたちが大人になったとき、そのような状況にさらされるからです。


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そのとき、「一人も見捨てない」という言葉を発し、求めなければならないのです。繰り返しますが、どうしたらいいかなんて分かりません。


でも、求めるべきか、求めるべきでないかを問えば、求めるべきであることはたしかなのです。





 その願いが確かならば、子どもたちは必死になって考え、トライアンドエラーを繰り返しました。




 あるクラスでは、テスト前に子どもたちは円陣を組んで「絶対満点を取るぞ~」と声を出すクラスになりました。そして、知的障害のある子も社会科のテストで3回連続満点を出したのです。




 あるクラスでは、子どもたちが話し合って教師に交渉したのです。彼らは自分たちで知的障害のあるその子にフィットした課題をつくるから、それをその子の課題としてくれと求めたのです。そう交渉する子どもたちは全員(その子も含めて)自信と納得がありました。





 肢体不自由児は跳び箱を跳べません。しかし、跳び箱の脇にいてみんなの飛び方にアドバイスをしていました。そして、その子を中心として、どうやったら飛べるかの作戦会議をしはじめました。



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 「一人も見捨てない」は言葉がきついと言われる方がいます。おそらく、その方の「一人も見捨てない」は言葉がきついのでしょう。

 「一人も見捨てない」は人を見下げた言葉だと言われる方がいます。おそらくその方の「一人も見捨てない」は人を見下げた言葉なのでしょう。




 しかし、上記の姿を知っている私にとっては「一人も見捨てない」という言葉は温かい言葉です。学校を卒業した後の長い人生で、奈落に落ちていく子どもを救う魔法の言葉です。



 どんな言葉も、方法論も、それを用いる人の心の鏡なのです。だから批判する人の言説を読むと、その人が当然としているものが見えます。



■ ■ ■

私はまだ、【みんなで】のレベルだけど



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今年も、やります!
西川先生もお呼びします^ ^


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この人。↓笑


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ごちゃまぜフェス2019
8月17日、18日。