”いつまでそっちの世界にいるの?決めるのは、自分。” | ADHD7つの肩書きで多動に生きるパラレルキャリアー雨野千晴のうっかり女子でも大丈夫♡なブログ

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頭の中が多動なADHD不注意優勢型・37歳で診断された超うっかり者の私でも、毎日楽しく生きられます♪失敗しても大丈夫♥自閉っ子&ADDタイプ兄弟子育て中シンママです。7つの肩書きで多動に生きる私の日常&パラレルキャリアについて。

■印象に残ったシーン・その2■

『いろとりどりの親子』この映画には

原作がある。

世界24カ国で翻訳されている

Far from the tree という本。



ニューヨークタイムズの編集者であった

アンドリュー・ソロモン氏が

10年の歳月をかけ、300以上の

様々な『違い』を抱える親子を取材し、

書き上げたもの。



・



著者は同性愛者である自分を

劣っている存在なのだと

長い間考えていた。



当時、同性愛とは選択であり

矯正すべきものとして捉えられていた。



セックスセラピーという

性的嗜好を治療する場所に

通ったこともある。



彼は、それを自分に対する

虐待だった と振り返る。



・



それが、この3、40年の間に

多くのムーブメントが起き

同性愛は『治療すべきもの』から

『個性』へと変化した。



その背景は非常に興味深く

調査の対象としたい、と感じたそう。



・



ハルの療育、そして

サルサガムテープのかしわ哲さんや

東田直樹さんの言葉に出逢って



また、障害のある方々との関わりの中で

私が感じてきたことは



矯正すべきもの

治療すべきもの

行動介入すべきもの



それって



どこまで?

どこから?

誰のために?



ということだ。



・



『幸福の形はいつも同じだが、

不幸の形はそれぞれ違う』という

トルストイの言葉を引用し、



映画の最後にアンドリューはこう語りかける。



『不幸の形こそ、似通っている。

幸福の形は無限に存在する。』



彼の、新しい形とも言うべき家族の、

一人ひとりの笑顔が、心に残った。



その形を人と比べる必要は

どこにもないのだ。



幸せの形に、定型はない。



・・・



2年前に書いた記事↓