妄想を、肯定する。べてるの家の取り組み | ADHD7つの肩書きで多動に生きるパラレルキャリアー雨野千晴のうっかり女子でも大丈夫♡なブログ

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頭の中が多動なADHD不注意優勢型・37歳で診断された超うっかり者の私でも、毎日楽しく生きられます♪失敗しても大丈夫♥自閉っ子&ADDタイプ兄弟子育て中シンママです。7つの肩書きで多動に生きる私の日常&パラレルキャリアについて。

数年前、べてるまつりをテレビで見たあとに
たまたま購入した、
たんぽぽの家編集の書籍の中で


その詳細や、妄想かるたの取り組みを知った。



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【妄想を肯定する】
セオリーと逆を行くことで

妄想と共存し、症状が落ち着く
そんな事例の紹介だった。



私たちはみんな、他者に
『わかってほしい』
と思っている。



そういった意味合いにおいては
それが【真実かどうか】は重要ではないのだ。




その人の中の真実として受け止めること。

病名や、病気かどうかに関わらず

誰かにありのままの自分を
『そうなんだね』と受け入れてもらった経験が

自分らしく生きて行く  

はじめの一歩に繋がっていくのかもしれない。



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以下、障害についても然り。

診断の有無よりも

大切なのは、その人がどう思うか、
どう感じているのかなのだ。




・・・本文抜粋・・・

名前をつけること。

医師という「専門家」に与えられた
診断名ではなく、
自分で名前をつけるということ。

それは自分が抱えている「苦労」を、
誰かではなく自分自身の手に取り戻して
引き受けるということであり、

自分を脅かす、
得体の知れない存在であった「ビョーキ」を、
かけがえのない「隣人」として
捉え直す行為だ。




ー中略ー




他人から見てえらく大変そうな症状であっても、
本人にとって問題でなければそれで良い。




逆に他人から見てちっぽけな悩みに見えても、
それが本人にとって重大事項であれば、研究し、
向き合う価値のある苦労なのだ。