その涙の意味。再犯して鑑別所戻ってきたら、人生終わりなのかって話。 | ADHD7つの肩書きで多動に生きるパラレルキャリアー雨野千晴のうっかり女子でも大丈夫♡なブログ

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頭の中が多動なADHD不注意優勢型・37歳で診断された超うっかり者の私でも、毎日楽しく生きられます♪失敗しても大丈夫♥自閉っ子&ADDタイプ兄弟子育て中シンママです。7つの肩書きで多動に生きる私の日常&パラレルキャリアについて。

先日の、検察庁・少年鑑別所での研修は



希望制の教員夏季研修で、倍率3倍だったらしいんですが。




私は教頭先生に教えていただいて、ソッコーで申し込んだんです。先着順だったのでね。



それで、行って来られたわけなんですけれども。




(唯一撮影許可が出た、検察庁から外の眺め。)


自分が今まで、そしてもしかしたらこれからも、足を踏み入れることはないかもしれないところ。



そういう場所について、そこで働かれている方にお話をうかがいたかったのです。








「ジャッジしない」

傾聴を学んで、はじめて知った世界。




で。


裁判って、「ジャッジする」の総本山だよね。

( ・∀・)


人が人を裁く。




そこに働く方々は、どんな方なのだろう





って、今思えば


めっっちゃジャッジする気満々で参加してた初日。
(´∇`)







なんだけども。







中学生の頃、冤罪のドキュメンタリーを見て

「検察官になれば自分にもできることがあるんじゃないか」

と、今のお仕事を決められた、検察官の方のお話や







Everything is OK.をお話くださった家裁調査官の講義、

「法律や、法律に関わる仕事についてる者は、笑っちゃうぐらいバカ正直なんですよ。」

とお話されながら見せてくださった笑顔。







そんな色々を教えていただくなかで、気づけばはじめに思っていた、

「ジャッジする世界ってどんな??」

みたいの、

どーーーでもよくなってました。
(´∇`)



















それで、その翌日伺った少年鑑別所の研修。














(写真は外部で撮ったものです)
















この投稿に、補足。









ねぇ、あなたは


この保護観察官、


再犯した少年を「かわいそう」だと思って


哀れに思って


彼の将来を案じて涙を流されたのだと思いますか?














私は、違うと思うんだよね。




そんなふうに思う人は、あの職場ではきっと、やっていけない。









どんなに非行が進んでいても、口調から身なりから、荒れているような少年でも




鑑別所での3~4週間、外界と隔離された場所で、規律ある生活をしていくと





次第に落ち着いてくるそうです。





「規律ある」ってね。




別に人間、何時に起きたっていいし、三食食べなくたっていいし、お風呂だってめんどくさかったら入らない日があってもいいよね。





だけど、それ、自分で選べない生活の中だったら。


朝決まった時間に起きて、朝ごはんを食べる

そんな生活をしたことがなかったら、それが自分にとって「快」なのか「不快」なのかもわからないよね。






まずはスタンダードなところにリセットする。





そのなかで、自分はどうありたいのかを見つめ直すところなんじゃないかなぁって、お話をうかがっていて思いました。





でね。





そーやって生活してみて、自分の生き方を少年なりに省みて



社会に戻っていく。





それでも、再犯を犯してしまう者が、3割ほどいるそうです。








それでね。




私は、この保護観察官の涙は、共感の涙だったのではないかと思うんです。




自分が新たな気持ちで、決意を持って社会に戻って行ったにも関わらず



家庭にも、学校にも、地域にも、居場所が無かったと作文に書いた少年の



悲しみだったり、怒りだったり。





心近しくその少年を見守って来られた方だからこそ、その思いに心を重ねて、涙されていたように、私には感じられました。









でもさ。



それで、この方がこの少年の未来を悲観してるかって行ったら、そうじゃないと思うんだよね。








「更生する」って、「更正する」んじゃないんだって。




過ちを正すのではなく、生まれかわる。そういう意味がこの言葉には込められているんだって、監察官はおっしゃってました。






人はみな、よりよくなりたい、成長したいという根元的な欲求があるそうです。





陰と陽は、表裏一体。



こんなんだった?( ・∀・)













陰の方の、奥深くへ落ちていきそうになっている子どもたちに対して、

「こっちだ!」

って、陽の部分に光を当てること。



それが僕たちのやっていることなんだって、家裁調査官はおっしゃってました。











そして、一人の人の中だけの話じゃなくてね。




社会全体でも、陰の部分と陽の部分はある。


光だけを見て、闇を排除する



そんなことは、できないんだよ。
















ソーシャル・インクルージョン。

立ち直ろうとする人を「排除」ではなく「包摂」すること。



そんなことを、教えていただきました。












自分は変わろう、と決めたのに

再び鑑別所へ戻ってきてしまった少年。





彼が感じた悲しみや絶望は、計り知れない。






でもさ、それで彼の人生は終わったのかな?






彼は不幸な人生を歩んで行くのかな?












彼はひとりぼっちなのかな?












私はそうは思わない。











彼はここで、彼の思いに共感の涙を流してくれる大人と出会えた。








彼を信じて、見守ってくれる人に出会えたんだよ。








時間はかかっても



きっと彼は、自分のための人生を生きていけるに違いない。







楽観主義と言われても、私は勝手にそう思っています。






たった一人にでも信じてもらえる経験があれば、人はきっと生きていける。





陰の世界を見続けてきた佐藤さんが、そう教えてくださったから。




生き方は、選べる。

全てが、経験になる。




あとね。




一人一人、みんな自分がやりたいことをすでにやっている。

今この瞬間も、その人が選んだ人生を生きている。




だから、みんなほうって置いても大丈夫。



失敗は経験。それをじゃまするのは、余計なおせっかい。




そんな話を聞くと、ほんとそうだよなぁ~って思う。







でもね、その一方で



目の前に、すりきれて、疲弊して、今にも消えてしまいそうな人がいたら。




「どうしたの?」「良かったら、お話聞かせてください」



って、



私は声をかけたいなって思うんだよね。






それだって、勝手に私が思う基準で、ほんと余計なお世話かもしれないんだけどさ。





そして、別に何ができるわけでもないんだけど。( ・∀・)


ちょっと話を聞いてもらっただけでも、心が軽くなることって、あると思うから。




それが、ご自分の道を選び直すきっかけになることも、もしかしてあるかもしれないって思うから。





だってさぁ、そこで私とその人が出逢ったのだって、何かのご縁じゃないですか♥






そんなふうに私は思っています\(^o^)/












検察庁広報のご担当者様、ご講義くださった先生方、今回は貴重なお話を聞かせてくださって、本当にありがとうございました。









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