傾聴を学んで、落ち込んでいる自分に気づく。その6 | ADHD7つの肩書きで多動に生きるパラレルキャリアー雨野千晴のうっかり女子でも大丈夫♡なブログ

ADHD7つの肩書きで多動に生きるパラレルキャリアー雨野千晴のうっかり女子でも大丈夫♡なブログ

頭の中が多動なADHD不注意優勢型・37歳で診断された超うっかり者の私でも、毎日楽しく生きられます♪失敗しても大丈夫♥自閉っ子&ADDタイプ兄弟子育て中シンママです。7つの肩書きで多動に生きる私の日常&パラレルキャリアについて。

他の自治体ではどうかわからないのですが、私のいるところでは、臨時採用の教職員が採用試験に合格した場合

次の年から新採用として、別の学校に異動しなければなりません。

私は、この学校が大好きになっていて

受け持った子ども達も、どんな風に成長していくかも見守りたくて

校長先生に「どうにかしてこの学校に勤務したいんです!!」とお願いしましたが

「うーん、気持ちはわかるけど、俺が決めることじゃないからな~。」と言われ(^▽^;)



涙涙のお別れのあと、新しい学校に赴任することになりました。



そして、その新しい学校でも、素敵な子ども達、先生との出逢いがありました。

特に、新採用の年に出逢った愛先生は、私の中で今もとても大きな存在です。


愛先生、たくさんの愛を心にお持ちの先生なので、そんなふうに仮名をつけました。


愛先生は、私の指導教官です。

私の自治体では、新採用の教員には、一年にわたって指導教官が付きます。

指導教官は、他と兼務ではなくて、新採用教員の指導が仕事。


だいたい、ものすごく仕事ができる方、子ども達に対する思い入れもたくさんあって、まだまだご自分でクラスを持ちたいという方が

無理やり(?)任命されることが多いというそのポジション。


そして愛先生は、子ども達だけでなく、職員全員にたいしても、深い愛を持っておられ

「どの人にも素晴らしいところがある」ということを信条にされていました。


先日、傾聴講座でナノさんにお会いして

この先生のことを思い出しました。

なんだか、とっても似ていました。



愛先生は、クラス運営から授業づくり、授業以外の活動、何から何まで一緒に取り組んで指導してくださいました。

表立って子ども達に関わるのはもちろん自分なのですが

この年のクラスづくりは、先生と二人でやった、愛先生も一緒に担任だったのだ、と今振り返って思います。


会って少しの間に、相手のいろんなことがわかっちゃうような先生。


何度目かの指導の日に、

「あめちゃんは、ずいぶん自己評価が低いんだね。」

「ほめられたいという気持ちが強いよね。」

「その自己肯定感の低さは、どこからくるんだろう。」


というようなことを話されました。

はい、すべてドンピシャ。(;´▽`A``


そして、発達障がいについてもものすごくお詳しく

最近、資料を読み返していて気づいたのですが


私、愛先生の研修でABC理論教えてもらってました(・ω・)/


ハルの障がい名がついてから読み漁ったABAの本を読んで、衝撃を受けた私だったのですが

ハルが生まれる前に、実はちょっとかじってたという…。(^▽^;)

そしていつものように、ザルの脳みそからこぼれおちていたという…。orz


でも、このとき先生が発達障がいについて、いろいろと教えてくださっていなかったら

ハルの障がいについて、あんなに早く自分では気づけなかったと思います。




そして私、たぶんこの先生に指導していただけてなかったら、今でも「書くことがすき」って気づいてなかっただろうなと思います。


研修中は、とにかくレポートを書くことが多いのですが

私の書く文章について

「これは誰に向かって書いているの?自分に向かって書いてるよね。」
って言われました。


一文がめちゃ長かったり、回りくどい表現だったり。

自分にしかわからないような文章。


びっくりなことなんですが、そのときまで、私は読む人のことを考えて文章を書いたことがなかったんですね。

先生に教えていただいたことが、今自分が「書く」ことをするときの、ベースになっているように思います。

続く。