お盆にあった、亡き祖父を感じるできごと 子どもは「聞いてはいけない」と感じたことは、聞いてこない | ADHD7つの肩書きで多動に生きるパラレルキャリアー雨野千晴のうっかり女子でも大丈夫♡なブログ

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頭の中が多動なADHD不注意優勢型・37歳で診断された超うっかり者の私でも、毎日楽しく生きられます♪失敗しても大丈夫♥自閉っ子&ADDタイプ兄弟子育て中シンママです。7つの肩書きで多動に生きる私の日常&パラレルキャリアについて。

ご訪問ありがとうございます!
はじめての方は、「はじめに①」「はじめに②」の記事から読んでいただけるとありがたいです(^O^)/

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これは、ブログに書くか迷ったのですが、自分の記録のためにも、書きたいと思います。
アメ限にするかも迷ったのですが…。とりあえず公開記事で書きます。もしかしたら、後々削除するかもしれません。(ハル&ヒロとも、さっぱり関係なくてすみません(;´▽`A``)


私の両親は、私が2歳のときに離婚しました。私は母に引き取られ、自分が就職するまで、母方の実家でずっと生活してきました。

私は子どものころから、「お父さんがいたら…」とか、「お父さんに会いたい」とか、思った事が一度もありませんでした。


本当に、ただの一度も。


母は、今後私との接点を一切断つことを条件に、父から養育費を一切受け取っていないそうです。

私は父のことを、断片的に、祖母からしか聞いた事がありません。

養育費云々のことも、幼いとき(たぶん小学校低学年くらい)に祖母から聞きました。

その他、「仕事をすぐやめちゃうから、離婚したのよ。」とか、「お母さんはウェディングドレスも着たいって言ったのに、白無垢しか着させてくれなかったのよ。」とか、とにかくマイナス要素しか聞かされませんでした(しかも自分からは聞いた事が無く、話の流れで、祖母がぽろっと言う感じ)。


私の物心ついたころには、もう母は働いていました。私の中で「お母さん」はまだ若かった祖母であり、「お父さん」は祖父でした。だけど、働いているお母さんも、家族の「お母さん」である祖母も、寡黙で優しい祖父も、みんな大好きでした。(その後、私の就職やら、母の鬱やら、遅く来た第二次反抗期がこじれ、いろいろあったわけですが(^▽^;))

だから、会ったこともない、なんだかダメ人間であるらしい「お父さん」に、全く関心が無かったんです。

そう思ってました。


私の祖父は、私が就職をして間もなく亡くなったのですが

祖父の書斎は、今もほぼそのままにしてあります。


今年の春、帰省したときに、祖父の部屋で子どもと遊んでいて

ふと思い出し、探した物があります。


一枚の写真。


それは、私が小学校低学年のころ、祖父の書斎で偶然見つけたものでした。


私とよくトランプやオセロなどをして遊んでくれた祖父。

そういったカード、ボードゲーム類をしまってある箱があって、
祖父の留守中にその箱を取りに部屋へ入ったとき

なんとなく、その箱の隣に置いてあった、別の箱を開けてみたんです。

そこには。

私と、母と、父が、河原で楽しそうに座っている写真が入っていました。

(父の顔は、唯一残っている母の結婚写真で見たことがありました。)


それを見たとき。私は、何か見つけてはいけないものをみてしまった、というような気持ちになりました。そして、その写真を祖母のところへ持って行きました。

祖母は、「あら、おじいちゃん、こんな写真とって置いてたのね。そのまま黙って、戻しておこう。」と言い、

私はその写真を、元あった箱の中に、そっと戻しておきました。


それきり、その写真のことについて、祖母にも誰にも話しませんでした。

そして、思い出すこともありませんでした。



それを、今年の春帰省したときに、急に思い出したんです。

それで、思い当たる場所を探してみたのですが…見つかりませんでした。


今、私は実家に帰ってきているのですが

何日か前、またその写真のことを思い出して、祖父の書斎を再び探してみたんです。


こんどは、前回よりもかなり念入りに探しました。


でも、やっぱりどうしても見つかりませんでした。


「そのままにしてある」といっても、その部屋も少しは整理され、今まで祖父のものが置かれていた場所に、母のものが新しく並んでいる部分もあります。

あの写真は、母が見つけて処分してしまったのだろうか。


そんなことを思いながら、ふと気づいたんです。


幼いとき、一度だけ見た写真。

それに、こんなにもこだわっている自分に。


今まで、父のことを知りたいとも、会いたいとも思わなかった。

思わなかった?

本当にそうなのだろうか。


もしかして、父のことは、「聞いてはいけないこと」として、無意識のうちに、心の底に閉じ込めてしまっていたのではないだろうか。


どうしても、あの写真が欲しい。そう思って、さらに部屋の隅々を探しました。

写真はありませんでした。

でも。

父の履歴書が見つかりました。

祖父が父に、仕事を紹介したときに使ったらしき履歴書。

祖父からの手紙の写しと、母からの返事、そして父の履歴書が入っていました。

封筒には、「○○の履歴書」と、几帳面な祖父の字で書かれていました。



私が転職したとき。
私の指導係をしてくれた方は、本当に素晴らしい方で、私の人生の見方を大きくかえてくれました。
(残念ながら、新人指導のスーパーバイザーのような役職で、一年限りのお付き合いだったのですが)

その方に、自分の家族構成や生い立ちを話す機会があったとき「あなたの自己肯定感の不思議なまでの低さはどこから来るんだろう、と思っていたけど、なんとなくわかった気がする。」とおっしゃっていました。

今通っているカウンセリングの先生にも、自己肯定感の低さを指摘されました。
(自分では、以前より全然良くなってると思ってるんだけどな~??)



「自分のルーツを知ることが、自己肯定感につながる」

あるとき、そんな話を耳にしました。

それを聞いて、私は、
「今が一番大事なんだから、過去をさかのぼって知ることに、何か意味があるのかな?」
と思っていました。

でも。

もしかしたら、自分の根源を知るということは、私が思っていた以上に、自分にとって必要なことなのかもしれない。


先日、高校以来の友人に、このことを話しました。

だから話したというわけではないのですが、この友人は、心理職です。

その友人から。
「わたしは、あめのちはれのパンドラの箱は、お父さんのことだと高校生の頃から思ってたよ。」
って言われました。


ど、え~!!!!!こ、高校生の頃から!!!!本人が30過ぎて気づいたことを!!!すごすぎ!( ゚-゚)( ゚ロ゚)(( ロ゚)゚((( ロ)~゚ ゚


「あめのちはれは、わりと何でも話す方でしょ。」

(はい、「わりと何でも」どころか、子どもの頃お泊まり会で、お友達と秘密の暴露大会になったとき、話すことがなくて困ったくらいです(;´▽`A``)

「私、それがパンドラの箱だと知ってて、その上であめのちはれにお父さんについて、聞いたことがあるの。高校生のとき一回、社会人になってから、一回。」

(えっっ!え~っっっ!?そ、そう言われれば、そんなこともあったような…???)

「そのとき、あめのちはれが、あなたらしくないかわし方をしたんだよ。それで、あ、これは葛藤を感じるとか依然の段階だなって。それで、そのことについて聞くのは止めたの。」


(う、へ~!!!!)


なんか、もうびっくりすぎて。

自分が思い至ったことに、専門家でもある友人からお墨付きをいただいたこともそうなのですが、

自分が30年以上かけて結論に至ったことに、すでに20年前に気づいてたなんて!!!!

そして、そんなふうに長年にわたって見守ってくれていた友人の存在がありがたくて。



そんなこんなで(どんなだ?)、ブログにも書いてみました。




この履歴書も、あの見つからなかった写真も。

おじいちゃんが、いつか私が父のことを知りたくなったときのために、取っておいてくれた気がして。

お盆だし。おじいちゃんが「ここにあるよ。」って、教えてくれた気がします。


そして、この履歴書から、父が今、だいたいどの辺で何の仕事をしているのかもわかったのですが。

さて、どうしようかな…。


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