療育迷子④ 2015/5/1記載 | ADHD7つの肩書きで多動に生きるパラレルキャリアー雨野千晴のうっかり女子でも大丈夫♡なブログ

ADHD7つの肩書きで多動に生きるパラレルキャリアー雨野千晴のうっかり女子でも大丈夫♡なブログ

頭の中が多動なADHD不注意優勢型・37歳で診断された超うっかり者の私でも、毎日楽しく生きられます♪失敗しても大丈夫♥自閉っ子&ADDタイプ兄弟子育て中シンママです。7つの肩書きで多動に生きる私の日常&パラレルキャリアについて。

診断を受けてから2ヶ月後。いよいよ、ひまわり教室の初回を迎えました。

以前の記事にも書きましたが、
参加者はハルとユウくんの二人だけ…。

そしてあっという間に1時間は終わり、次は一ヶ月後という…。ちーん。

これが6月の出来事。


私はヒロの出産予定日が9月だったので、7月に里帰り。
結局産前はひまわり教室、2回しか通えず(ー ー;)


里帰りするかも、すごく悩んだのですが。

1人目(ハル)の出産の時は、里帰りせずに、今住んでいる市の産院で出産しました。
その選択には、全く迷いはありませんでした。

それは、私達にとって初めての子育て、何でも旦那と共有したいな、と思ったからです。
(実母との関係が、あんまり上手くいってなかったのもあるけど
(^^;))

けれど、今回は色々悩みました。

療育を中断させずに通わせるためには、こっちで産んだ方がいいかな、とか

でも、里帰りの方がハルはおばあちゃんがいて、寂しい思いをしなくてすむかな、とか


最終的に、私の祖母にひ孫と一緒の時間をたくさんつくってあげたい、ということが決め手となり、里帰り出産を選びました。


私の両親は、私が3歳のときに離婚していて

仕事に出た母に変わって、まだ若かった祖母が、私の身の回りのお世話をしてくれていました。


祖母は、私が学校から帰って来ると、「お帰り!」と

おにぎりとか、焼き芋とか、ちょっと古風なおやつを、いつも用意してくれていました。


私にとって、「おふくろの味」は、おばあちゃんの味。


明るくて活発な祖母は、私の同級生にも人気者で

大好きな、自慢のおばあちゃんでした。(でしたって、死んでないですよ!)


その祖母、現在83歳、まだまだ元気ですが

年も年なので、あとで悔いが残らないよう

ひ孫との時間を、たくさん過ごさせてあげたいな、と思ったのです。


また全然関係ない話を長々と書いてしまった…(;^^A


まぁそんなこんなで、7月の末からは帰省することに。


今回この記事を書くにあたって、教室の初回はいつだったか、育児日記を遡って読んでいたのですが


この頃、大きいお腹をかかえて、療育以外にも、いろんなところに出かけてました。

YMCAの体操教室。

リトミック。(その後お世話になることになった、ピアノの先生主催。)

ママヨガ。

支援センターの子育て広場。

その他もろもろ、単発の子育てイベントなど。


私はもともと出歩くことが好きな方なのですが

それに輪をかけて

ハルに少しでも良い刺激になれば、という思いと

こちらの提案する遊びにはあまりのって来ないハルと、家に二人でいることからの逃げもあったのかな、と思います。


不思議と旦那は、ハルが喜ぶ遊びを見つけるのが上手かったんですけどね。(今もそうかも)

例えば。
水ペンのお絵描きセットを買ったものの、もちろんハルは全然やらず。

そしたら、旦那はその水ペンのキャップをはずし、「ボー」と笛にしてみたり、指をつっこんで、「ポンッ!」と音をならしたり。

ハルがゲラゲラ笑って食いつく遊びを、次々と発案してました。

は~全く何の記事なんだかわからないところに到達してしまった…。すみません