摂食障害専門オンラインカウンセラーnoaです。
自己紹介、クライアント様からのご感想はこちらから
わたしは20年以上「摂食障害を治す気がない」だったので
いざ回復を目指す、ってなったときに
あらためて摂食障害っていう病魔の厄介さを思い知りました。
回復しよう(体重を増やすためにちゃんと食べよう)って覚悟を決めたのに
こんなにも回復したいのに
太る事の恐怖(罪悪感)で食べることができないんですよ。
いやいや、こんなに覚悟決めてるのになんで?
わたしの根性がないの?
努力が足りないの?
覚悟が足りないの?って
なかなか体重を増やせない自分を責めてましたが
摂食脳ってうのは「摂食障害特有の認知の歪み」なので
急に「大丈夫」にはなれないのが普通です。
余りの恐怖に
食べたら急に肉が付いたような錯覚を起こすのが摂食脳、認知の歪みです。
そして回復したい、と思ってあらためて「こんなにも太りたくない」っていうことにも気が付きました。
心のどこかで20年間「別に太ることが嫌なわけじゃない」みたいに思うことで
こころを守ってた部分があったので
ブログでも「太ることが怖い(´;ω;`)」って認めて吐き出せた時に
何かが吹っ切れたというか
いろいろ素直な自分の弱さや本音を認めよう、ってなりました。
敵味方のはなしではないけど
自分が何と戦っているのかわからなかったら
的を得ないから拳が空を切るだけで相手にヒットしないよね。
罪悪感なく食べられる、っていうのは
摂食脳が健全脳に上書きされつつある
回復後期~寛解後だからできることで
最初は食べることに罪悪感しかないし
頑張って食べるたびに急に太った気がして怖くなるし
回復初期の方にとって
「食べることはしんどいこと」です。
もし逆に食べることが全くしんどく無かったら
それは安心できる量を無意識に維持してしまっているからなんだよね。
なので、食べることがしんどい、美味しいなんてほとんど思える余裕がない
満足感はないのに
むしろ満腹感っぽいものが感じられて怖いって
頑張ってる証拠です。
頑張ったからこそ「もう無理!!」ってなるのむしろ順調
罪悪感があるまま深く考えずに淡々と食べる、が正解です。
わたしも淡々と三食食べ始めたときは
全く美味しいなんて感じなかったし
罪悪感100%でした。
わたしはうつ病の入院中だったので
ご飯の量は主治医が決めてたんですが
最初は一食200gだったんですけど
それまで米はゼロだったので
も~~~~しんどくてしんどくて(´;ω;`)
基本的に「聞き分けの良いいい子」タイプだった私でも
主治医に「200gはきついので150gにしてほしい」旨伝えるほど辛かったです。
体重を増やさなきゃ、頑張るぞ、っていう心意気は欠かせないものですが
回復がしんどくなる(体重を増やさなきゃ増やさなきゃってなってる時)タイミングが
何度か来ると思うんです。
その時は「気持ちが先走ってないか?焦っていないか?」自問自答して
いったん休憩して仕切り直していい。
もともと完璧主義思考で自分に厳しい摂食障害の当事者は
ついつい回復も順調にって思いがちだし
休むこと、いったん離れることを「悪いこと」と思いがち。
逆です、脳みそが疲れている時は休憩しないと
摂食脳が優位になります。
栄養も大事だけど、休息もすごく大事。
わたしも順調だな、って思ってたら
急に怖くなって
でも頑張らなきゃ、って淡々と食べ続けてたら
発狂、とか
ずっと上がったり下がったりしながら波を描いて進んできました。
発狂(パニック)したら「あ、私回復を焦ってるな」って仕切りなおす。
右肩上がりに回復なんてできないのが普通です。
下がったら休憩して摂食脳が落ち着くのを待つ。
押さえつけよう、存在を無視しようとすると
余計に出てくるのが摂食脳。
それでも回復を目指そうって覚悟したら
振出しに戻ることはありません。
「体重」という結果ではなく
「罪悪感を抱えながらも食べた自分」っていう過程を忘れないで
自分を責めるのではなく、挑戦したことを大いに認めてあげてほしいです(^-^)
さて、今季2回目のおでん。
1段目
2段目
3段目
こんにゃく買うの忘れた。
カウンセリング、メールカウンセリングの詳細、お申し込みはこちらからお願いします。
★お問い合わせはこちらからお気軽にどうぞ(^―^)
おわり





