木はただの木? それとも、そこには何かがある?

「神社と仏閣の秘密。」DAY5。

昨日は、神様の前で何を願うのか、

という話をしました。

そして私は、基本的に願い事はあまりしない。

ありがとう感謝と決意。(いやいつもそれだけ)

基本はこれだけです。

さて今日は、参拝を終えて、境内を歩いてみましょう。

すると、かなりの確率で出会うものがあります。

大きな木。そう。御神木です。

なぜ私たちは、大きな木を見ると特別なものを感じるのでしょう。

樹齢何百年。中には、人間の寿命をはるかに超えて、

その場所に立ち続けている木もあります。

自分が生まれる前からいる。

両親が生まれる前からいる。

祖父母が生まれる前からいる。

何世代もの人間が、その木の前を通り、

祈り、笑い、泣き、そしていなくなった。

それでも、木はそこにいる。

そう考えただけでも、感無量です。

人間、急に小さくなる笑。

日本人は昔から「自然」を特別なものとして見てきた。

神道では、山や岩、滝、木など、

自然そのものが神聖なものとして扱われてきました。

特別な木には、しめ縄が張られていることもあります。

つまり、神社という建物だけが神聖なのではなく、

その土地、森、山、水、岩、木。

自然そのものと、信仰が深く結びついてきた。

ここが、日本の神社を考えるうえで、

とても面白いところだと思います。

そして私は、木にも「個性」を感じます。

これは、あくまで私自身の感覚の話。

御神木の前に立ったとき、

私は、全部の木から同じものを感じるわけではありません。

ものすごく静かな木。包み込むように感じる木。

強い感じの木。少し近寄りがたいように感じる木。

共感覚のせいなのか、色のような感覚を受け取ることもあります。

でも、だからといって、

「この木には絶対に何かが宿っています」とは言いません。

木の大きさ。光。匂い。風。葉の音。その場所の歴史。

そして、自分自身の状態。

いろいろなものが重なって、人間の感覚を動かしている可能性もあるから。

見えない世界ほど、決めつけない。

このシリーズでは、ずっとそこを大切にしたいと思っています。

でも、木に触ればパワーをもらえる?

これも、よくありますよね。御神木を触る。抱きつく。

パワーをいただく。(ごめん、私もやってる)

しかし木は、私たちの充電器ではありません!

何百年も生きている木を前にしたら、「パワーください!」

より、「長い間ここにいるんですね」

くらいの気持ちで、静かに眺めるだけでも十分じゃないかなと思う。

私は、敬意のほうを大切にしたいです。

そして御神木の前に立つと、時間の感覚が変わる。

これ、私はすごく好きなんです。

私たちは毎日、今日どうしよう。今月どうしよう。

売上どうしよう。仕事どうしよう。恋愛どうしよう。

って、数日、数か月単位で、ものすごく忙しく生きています

樹齢500年の木の前で、「どうしよう」

と悩んでいると、ちょっと笑えてくる笑。

木からしたら、「まあ、落ち着け」でしょう笑。

人間の悩みを、少し遠くから見せてくれる。

だから私は、御神木の前では、何かをもらうというより、

自分の時間軸を、少し大きくしてもらっているような感覚になります。

 そして、神社の自然を見ていくと。

水。また水です。このシリーズ、

水が何度も出てきますよね。

なぜなら、神社と自然信仰を辿っていくと、

水という存在は、どうしても外せないから。

そして水を辿っていくと、また、あの方が出てくる。

龍です笑。龍さん、だいぶ近づいてきました。

私がなぜこれほど長い間、龍を描き続けているのか。

そこにも、少しずつ近づいていきます。

今日のオンラインサロンでは、

もう少し私自身の話を。私は御神木や、神社の森に入ったとき、

実際に何を感じているのか。「すごく心地いい場所」と、

「今日は少し離れていたい場所」を、どう受け取っているのか。

そして、御神木に触れるのか、触れないのか。

私なりの付き合い方を書きます。

さらに、神社で「何かを感じる人」と、

「何も感じない人」。これについても、

私はちょっと伝えたいことがあります。

ここはサロンで。

 

人間は、何かを得ようとするときより、

ただ静かに見るときのほうが、大切なものに気づくことがある。

御神木は、何もしゃべらない。

でも、人間のほうが静かになれば、

見えてくるものは、ある。

そして次は、いよいよ、

神社と「水」の話を、もう一段深く。

龍さん。そろそろ出番です笑。

 
 





 

12星座別の詳しい占いもあるのは