いつも拙ブログへお越し下さりありがとうございます

私のfacebookのお友達の中野玄三さんの投稿を

シェアさせて頂きました。

何十万人に一人が患うという難病です

私の妻もこの病気と戦っています
最後まで読んでください
動画もあります。

ダウンダウンダウンダウンダウンダウンダウンダウンダウンダウンダウンダウンダウンダウンダウンダウンダウンダウンダウンダウンダウンダウンダウンダウンダウンダウンダウンダウンダウンダウンダウンダウンダウンダウンダウン

先月、Facebookに僕が食べている動画を投稿しました。

すると、6日で再生回数が10万回を超えました。

正直、自分でも驚いています。

 

「なぜ、こんなに多くの人が見てくれたんだろう」

と考えていくうちに、結局は一つの問いに行き着きました。

なぜ僕は、ここまで食べ続けているのか。

今日は、その理由を少しだけ書いてみます。

 

 

なぜ僕は、ここまで食べ続けているのか

理由は二つあります。

 

1つ目:食べ続けたいという「本能」を、大事にしたから

ALSになって舌が動かなくなっても、「食べたい」

という本能だけは手放したくありませんでした。

28年前、前傾姿勢で食べる方法を見つけました。

 

そこからは、僕ひとりの挑戦ではなく、

チームの挑戦になっていきます。

ヘルパーさん達は、食事介助の仕方を本気で練習してくれました。

あるヘルパーさんは、

 

自分の家族を相手に食事介助の練習をしていたほどです。

調理法も工夫を重ねてきました。

最初はミキサー食から始まり、やがてキザミ食へ。

食べやすさだけでなく、「おいしそうに見えること」

にも気を遣うようになりました。

 

 

その過程で、PA兼ヘルパーさん達は、

ただの介助者ではなく、僕の生活を一緒に組み立てる

「相棒」のような存在に進化していきました。

 

 

2つ目:食べるための支援体制が、

不自由さを忘れさせてくれるから

食べ続けるために作ってきた支援体制は、結果として

「ALSの動けない・喋れない不自由さを忘れさせてくれる支援体制」

になっていました。

 

僕には、二つの「こうしたい」があります。

・これまで通りの暮らしを、できるところまで続けたい

・自分らしく、気持ちよく生きたい

食べ続けることは、この二つを同時に叶え続ける行為でした。

だから、やめられない。

 

食べることは、僕の人生のエンジンだからです。

ここで、忘れられないエピソードがあります。

 

21年前、ALS患者さんのケアをしてきたベテランの

医療従事者の方々から、強く胃ろうをすすめられました。

僕ははっきりと断り続けましたが、今度は僕ではなく、

家族やヘルパーさん達が説得されるようになりました。

 

もちろん、「僕のためだ」と信じている

善意はよく伝わってきました。

しかし、その後、周りを固められた僕は、

条件付きで胃ろうに同意しました。

 

ところが、その条件は簡単に破られてしまいます。

仰向けにされると、舌が喉をふさいで息ができなくなる。

それを伝えていたのに、手術台の上で仰向けにされ、

あと数秒遅れていたら命を落としていたかもしれない、

 

というところまでいきました。

そのとき、妻と主治医が手術室に小走りで入ってきて、

僕を救ってくれました。

もしあのとき胃ろうをしていたら、

 

それまで作り上げてきた「食べるための支援体制」

は、おそらくなくなっていたでしょう。

今の生活も、絶対にありません。

本当です。

 

写真の食事介助で入ったPA兼ヘルパーさん達はこう言います。

 

「玄三さんが胃ろうをしていたら、

私たちがやるケアがなくなるので、来る意味がない」

「いや、そもそも出会っていなかった」と。

 

この言葉は、とても本質を突いていると感じます。

6日で10万回再生されたあの動画は、

ただ「ALSの人が食べている映像」ではなく、

 

・本能を大事にして食べ続けてきたこと

・食べるための支援体制が、

自然にALSの僕の暮らしそのものを支えてきたこと

その積み重ねが、たまたま1本の動画という形になっただけです。

 

追伸:ALSになっても“引退しない”生き方

自分が動けないなら、チームで人生を動かせばいい

YouTube→https://youtu.be/XGVkC1HVFPI

 

 

 

最後までありがとうございますm(_ _"m)