上の子が、まだまだ赤ちゃんの頃。
友達親子という言葉に

それって、どんなんだろう…?と

漠然とした感覚だった。

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この時の続き下矢印
これまた先日、息子クンと話していた時

出来るだけ意見、意思を変えたくない。と彼は言った。それが彼の美学、ポリシーだと。



私にも、そんな頃が

長きに渡ってあったなぁ〜。

と当時を振り返った。



立場が変われば都合良く意見をひるがえす大人に理不尽をおぼえたりして、

こんな大人に成りたくないと嫌気がさした。

立場が違えど変わることの無い意見を

自分の中に探して答えていた気がする。



なんて思いを馳せた。

彼に言わすと今の私からは、そんな頃があったとは想像がつかない様だった。



そんな彼に私は

意見が変わる大人には

大きく二種類居る気がしてるよ。と



①都合良く意見をコロコロ変える不誠実な人



②人生経験が増えるにつれて、意見が

育っていって変わった人



(これを書いている今、思ったけど私は③かも知れない。

③人生を変えたくて、ある日突然、真逆の意見にハンドルを切るなどして試行錯誤の中チャレンジしていた人)



私は③を起こして②に成った感じかな。



思わぬ所で今の自分が

意見が変わる事は悪い事だけじゃないと

感じれてる変化にも触れれた。



彼の精神的な美学、ポリシーも
教えてくれたりして知り合えている時間が
とても楽しい。

生きる事を学び始めてから
付いた知識の中に

聞き手に先に、聞き手のスタンスを
お願いしてから話すと良い事を知った。

①友達の様に聞いて欲しい。
(同調して!かな)

②アドバイスが欲しい 

③黙って、ただ聞いて欲しい

④解決もアドバイスも
求めてないから、しないで



息子クンと話していた時

「今の俺は〇〇と言われても
納得出来ないし嫌な気分に成るから、
それだけは言わないで。
その中でママの意見を聞かせて。」

と、不意に息子クンが言った。


私が口に仕掛けていた言葉と〇〇は、

たまたま違ったんだけれど


聞けてて良かったよ。ってなって

またもや

彼の心の交通整理の上手さに唸った。


自分の地雷を知っている事、そこに

踏み入れなくとも対話が出来ると

私を信頼してくれてる気がして嬉しかった。