とにかくアニメ違国日記にハマって、繰り返し見ていた。 

主人公は、中3から高1になる朝チャンと
叔母の、まきおサンのダブル主人公かな?

まきおサンの皆の普通が難しい不器用さ、と言葉を大切に紡ぐ所に大共感し

朝チャンの心の渇き憤り、寂しさ悲しみ、
戸惑いにも共感した。

まきおサンの絶妙な距離感が私には足りてないなぁ…。まきおサンから学ぼう♡と思いつつ

2人のどちらの部分も
私の中に存在する感覚を覚えた。

毛色は違うけど言葉を慎重に、尚且つ大事にしているマキオサン的な繊細部分が私にも有る。ただ、それは他者に対して出ている部分。私自身には使われて無い能力なんだよね。

この部分の能力を自分にも、もっと向けようと思った。

逆に朝チャンみたいな枯渇、孤独、ゆらぎは埋めて貰いたいと他者に寄りかかりがちな部分も確かに私の中に居る。
それを自分で受け止めていこう……と。

私はこれから、この2人の様な部分を自分の中でバランスを取って融合していきたいな〜と思ってアニメを何度も味わっていた。

私の中に両方の部分が存在するなら
他の人の中にも有るだろう…と思った時に
ふと、ね、、、。
このアニメの、まきおサンや朝チャンの部分が娘ちゃんの場合は
外側と内側として現象化されてて見えてるのかもな〜って思えたんだよね。

どちらも、当たり前だけど彼女で、

どちらか一方が無理をしている場面
という訳では無いのだと
理解出来た。

私は、ずっと勘違いをしていたんだよ。
外側の彼女を見て無理してる状態、苦しい状態の様に見えていたの。だから、それを見ている私が苦しかった。

当たり前だけど小5の彼女の世界は、
まだ小さい。
これから色んな経験をしながら
出会う人も増え世界が広がっていく。

その時々で彼女の中の陽が強く成ったり
陰が強く成ったりしながら
自分の中でバランスを取っていくんだなぁ…って思った。

そしたらね、心配する必要なんて
無いなぁ〜って。

まさに
これから経験するんだっつーの!

だよね。笑

(これもアニメ違国日記からのアイデア)
朝チャンが軽音部に入って楽器を触るんだけど先輩に「ケッ初心者がっっ!」みたいな事を口癖位に言ってくる人がいて。

朝チャンが言い返したい!のに言葉が見つからなかったんだ。それにマキオサンが「今、覚えてる途中だっつーの。」って言ってね。
朝は、これからそぅ言う事にした。
って場面があるの。


この「ケッ初心者がっっ!」を
自分が私にも浴びせてる時が有る気がして

これからは、そんな自分に
「試行錯誤してる途中だっつーの!」と
言う事に決めている。