注意)自分のための雑記です。それでも良ければお読みください。
洗い物していたら、ふと浮かんできた。
人間の社会と神の社会
だいたいこう言う時は、自分ではない何かからの言葉と僕は捉えている。
ここから下に書いているのは僕の考えです。
日本は高度経済成長という短期間で大きな経済成長を余儀なくされた。
人々はすごく頑張った。
頑張って頑張った。
小さな国(日本)の小さな街(東京)に定員オーバーなほど人が集まった。
形あるものは崩れる。
頑張って頑張って頑張ってなんとか形にしているもの、突貫工事のようなものは基礎が弱い。崩れる。
日本でも世界でも同じだと思うけど、
ぎゅーーっと頑張って凝縮していったものは、簡単に崩れる。自然と乖離する。
自然と寄り添って、ともに作ったものは残る。
風化するけど、崩れるという感じではない。
何が言いたいか?
神の声を聞いて作ったものと、
人間の欲望からできたもの。
どちらもアイデアを形にしているようだけど、
何かが違う。
僕は神の声が聞けるって言いたいみたい。
それはあまりにおこがましい。
でも、浮かんだフレーズから考えて書き連ねてみた。
庭の植物をみても成長はすごくゆっくりで確実なもの。プロセスを踏まないと植物は安定せずに倒れる。
頑張って育てても大雨で倒れる姿を今日も見た。
僕も頑張っていたと気づいた。
皆さん頑張ってますか?
それでも少しだけ頑張って生きていこうと思います。
やりたいことはない。
生きたい。
それと少しだけ、自然とともに生きる世界とデジタルで創作する世界の間の世界を最近、自然とデジタルの間を仕事で行ったりきたりするパラレルワークの生活の中で反芻し、考え、自分の道(ビジョン)を明確にさせて行っている。自分を育てて行っている。