波動が荒れている、整っている という基準があるとします。

 

それは、何かすることに忙しすぎる日々を長く、長く費やしてしまいすぎると、どうしても波動は荒くなります。

 

もちろん、波動が荒いからといって、何か悪い人というわけではありません。忙しいということは、幻想にそれだけ真剣に取り組みすぎてしまっていたわけです。

 

幻想というのは正直です。その幻想に入り込めば、入り込むほど執着が出来上がって、形になっていきます。

 

 

そして自分自身も形になっていきます。それが波動が荒くなるという形です。

しかし、波動が荒いと波動が荒い人同士でくっつきますから、荒いとは感じません。

 

なぜなら、その波動の荒い中に波動の高い人が来た時、そこにいる人たちはいきなり眠気がきたり、くつろぎすぎたりして、その波動を拒否してしまうからです。

 

ですから、類は友を呼び、荒い人は荒い人同士で、集まります。

 

ただ、問題があるとすれば、波動が荒い同志だと、お互いにトラブルがとても多いのです。

 

 

それは荒いというだけあって、カルマがたまった者同士が集まっているので、どうしてもそうなるのです。

 

そしてそのトラブルが起きると彼らのテーマとなり、そのテーマを解決するためにその解決に熱中していくのです。

 

今日のテーマのように、やはり「何かする事に忙しすぎる」人生となってくのです。

 

そんな人たちは次から次へと、いろんなトラブルや問題や、出来事が台風のようにいつも起きています。

 

 

その荒らしの中に生きる事に慣れてしまってもいます。

 

もし自分自身が、たまたまその中にいるような場面になったらどうしたらいいのでしょう?

 

それは、立ち止まる事から始める事です。静止することから始めるのです。

 

波動の荒い人たちは、静止することを知りません。 そんな事したことないからです。

 

だから、逆なんです。止まる事から始まるんです。

 

 

止まっているから、静かにしているから、自分自身が見えてくるのです。

 

自分が見えてくるから、そこから出る事もできるからです。

 

 

 

 

新動画です。↓ ↓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※ ↓ 完売しました。全400名ありがとうございました。次の販売は今年の夏あたりです。

 

 

※サロンはいつでも入会できます。新規もどうぞ。