※2025年4月1日いよいよ新企画、ZERO POINT KU サロンをスタートさせます。発売日となります。ここにも当日はりますね。
今日のテーマは目覚めというワードに近いかもしれません。
宇宙へと旅立つときもそうですし、覚醒を迎えるときもそうですし、何か新しい目覚めの時には、孤独と向き合うような場面が必ずあります。
人間の幸福という定義では、家族をもってみんなで仲良く暮らす というテーマも一般的かもしれません。
しかし、もし家族がみんなで仲良く暮らしているとすると、それが永遠にそのままであってほしいという執着という苦しみが生まれます。
人は生まれたら必ず、年を取り亡くなっていきます。
当たり前ですけど、すべてはいつもいうように流れていきます。消えていきます。
永遠にその家族みんなとこの地上で変わりなく暮らす事はできないのです。
やはりいずれにせよ、最後はひとりになるときがきます。
ただ、多くの人たちは、愛という建て前をかざして、人との縁が切れてしまうことに強引に嫌がるのです。
つまり、最後は孤独になることを拒否したがるのです。
それはなぜでしょうか? 寂しいから? それもあります。
その奥には、孤独なると自分自身を見つめてしまう、自分自身の怖れているものと対峙してしまう。
という、怖れがあるともいえるのです。
その怖れのお大きなひとつが、「死」です。「死」の受け入れです。
生まれるときも一人、死ぬときも一人です。 最後はひとりなのです。
ですから、孤独を感じて、一人となるときに、その背景には、「死」というものを連想させるような波動背景があるわけです。
ハイヤーセルフや、大いなる流れは、本人のエゴが嫌がるような事をしているのかもれしません。
エゴは人生を積み重ねて、結果をだして、その成果でいっぱいでいたいのです。
その成功結果が大家族に囲まれて、みんなで平和に暮らしている在り方かもしれません。
ただ、どんなに多くの物をもっても、どんなに多くの人に囲まれても、最後は、赤ちゃんの時のように、身ひとつで死を直面していくのです。
ある意味、最後は孤独を迎えて、ひとり取り残されるというのは、「 愛の顕れ 」と思われます。
自分が死んだのか死んでないのかわからないうちに、事故で亡くなったり、何かに巻き込まれて、一瞬で死に至ったりするより、しっかりと助走があって、死を迎える事ができるというのは、「愛」でもあるはずです。
そして、またこの孤独というもの、ひとりになるという愛の顕れは、「死」だけではありません。
人生が大きく変化するとき、大いなるインスピレーションが訪れるとき、大きい指導が入り、ステージが変わるときは、必ず孤独の瞬間を迎えます。
この孤独感はとても大切な、内面を熟達していくための時なのです。
原点に還れるときです。それはOになれるときです。
そしてそこから新しい誕生が生まれてくるのです。精神的向上した自分のイノベーションが始まるときなのです。
その孤独の瞬間こそが、静寂の時そのものであります。
本当の孤独に入るとき、本当の静寂に入っているときに、孤独感はありません。
孤独感というのは欠乏感です。それはエゴが感覚です。
逆にエネルギーが満ち溢れてくるときになっているはずなので、孤独感そのものが充実感になっているかもしれません。
そして、そんなときは手放しも出来ているので、充実してないわけがないのです。
魂がゆっくりと充実しているときなのです。それを肉体をもったまま体験しているときでもあるからです。
やはり真実の自分に還っているようなときでもあります。それはとてもシンブルで、淡々と生きられる予感を感じるときです。
身ひとつで生まれてきて、いよいよ身ひとつですべてが変わっていくときです。
もし、身一つで変わっていけないなら何か、邪魔なものが入り混じってしまっているように感じてしまうかもしれません。
やはり身一つで良いと強く感じるかもしれません。
そして、そのスッキリした感覚こそが、もう怖れも不安もない自分に帰れていることを確認できていることでしょう。笑
0に戻る事は、とても新鮮な事です。笑
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※完売しました。↓ 次は2025年7月です。









