1年前の出来事 | ♪口笛ふいて不器用に生きてゆく♪ 夫は若年性アルツハイマー 息子は知的障害 元ニートの日記

♪口笛ふいて不器用に生きてゆく♪ 夫は若年性アルツハイマー 息子は知的障害 元ニートの日記

『愛情』の『あ』だけ無くなって『いじょう(異常)』になってしまった私達夫婦。


離婚寸前で夫が若年性アルツハイマーに…


不器用にしか生きられない 私達、家族再生の日記。



 夫が亡くなって来月で1年になります。

 余裕がなく当時のことの詳細を記録していなかったので
 少しずつでも書いていきたいと思います

 記憶がなくなる前に…

 去年の10月に引っ越しをしました(息子が中古の家を購入)
 引っ越しをする 経緯はいろいろありまして大変だったのですがそれはまた別の話で…
 
 コロナの影響で夫を病院に通院させることができなくて、去年は私だけ病院に薬をもらいに行って施設に届けると言う感じでした

 病院の先生に10月頃に全く夫の受診をしていないから連れてきてほしいと言われていましたが、引っ越しで忙しくて11月にやっと連れて行けました。

 その時は夫は少し歩行が困難になってきていて施設での食事のスピードもだいぶ落ちてきたということでした。

 コロナの影響で施設でのイベントも少なくなり。夫を病院に通院させてその帰りに一緒にランチを食べることもなくなり、全く刺激がなくなっていました。

 今になるとこの時の受診のことは記憶が曖昧になっています。

 12月に入って私の携帯の調子が悪く履歴は残っているのに携帯の着信音が鳴らないと言う状態になってしまいました。

 2020年12月11日
 夫の施設から夫が食事摂取が出来なくなってしまっているので病院に連れて行って欲しいと連絡がありました。私の携帯がつながらなかったので娘に連絡がありました。

 実は娘とは、これまた色々あって絶縁状態になってしまっていたので、娘は息子の所に連絡をよこし、私は息子から話を聞かされました。

 私は施設と病院に連絡して、夫を病院に連れて行くことにしました。
 夫はやつれていて12月に入ってから食事が取れず、施設で点滴を打ってもらってるということでした。ぐったりしていて、車椅子に乗せられ、施設の車で病院に向かいました。

 病院でいろんな検査をして、急遽入院ということになりました。
 夫が糖尿の時にお世話になった内科の先生が診察したら「後、余命2週間ね」と、あっさり言われてしまいました。
 担当の神経内科の先生と私は「えっ?!」という感じでした。

 今は弱っているけどいずれは回復するものと思っていたので、まさか…信じられませんでした。

 その日、夫を入院させ、施設においた車を取りに行き、入院に必要な物を用意して夜、夫の病室に行くと。
「少し前に娘さん夫婦が来られましたよ」 
と、ナースの人は言っていました。

 娘も絶縁となっていましたが父親のことが心配で面会に来たようです。
 夫は疲れてぐっすり眠っていました。
 
 翌日、面会に、行き、その時は起きていて、話しかければ反応もして、手のツボのマッサージをしてあげると「痛い!痛い!」と声を出して痛がっていました。

 その翌日は日曜日で病院の面会はできなかったのですが、月曜日(2020年12月14日)病院から、病院内でコロナ感染者のクラスターが出て面会ができないと連絡がありました。

 私はその間、葬儀会社の資料を取り寄せたり、互助会に入っている施設の見学へ行ったりなどしていました。

 夫の病院へは、一週間おきぐらいに洗濯物を取りに行ったり、必要なものを買ったり、持って行ったりしていました。
 
 夫はその後も食事摂取はできず点滴で栄養をとると言う感じで、その年は特にそれ以上悪化することもなく過ごしました。

  つづく
 

 今年も折り紙でクリスマスツリーを作りました




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