NHKのニュースで
「外国人」の介護保険利用が難しいとのこと。
私の父は89歳〜脊柱管狭窄症
かかりつけ医が障がい者認定をしてくれている
けれど介護認定は要支援1
指はかなわず、ボタンがとめづらく
ファスナーシャツに変え始めている。
日本人であっても
介護保険利用の敷居は「低く無い」
母を膵がんで亡くして私は
「尊厳」について考えるようになった。
人は必ず死ぬ。
私はもうダメだ
何も出来ない人間だと
人から手助けしてもらうのは
「自分」という尊厳を手放す事になる。
「有難う」と首を垂れるよりも
私は母親の尊厳を守ってあげたかった。
自分で出来ることは最後の最後まで自分で。
家族を守れる力が自分にあるのなら
出来るだけ私はそうしたかった。
それを自分の尊厳を守りたいという
「欲」と言われるかもしれないが、、、
介護保険とは何なのか?
国民健康保険とは何なのか?
身体を労わりながら働く
医食同源
先人の教えに耳を貸さず
欲望に欲望を重ねて
それを「自分らしさ」の追求という
それははたして「尊厳」と言えるのだろうか?
自己責任という言い方じゃなく
「自分の尊厳を守る」
言葉一つで心への響き方も変わってくる。
身体が痛むので
何とかソファーに横になりたいと思うのですが
私はまだ譲ってあげられる立場にいる事が
本当に有難いと思う。
私は外国人に問いたい。
日本人は退職後に生まれた故郷に帰る人がいる。
あなた方はそれを選ばずに
「日本は暮らし難い」というのか?
父は大分生まれ
福岡、大阪で勤め、そして故郷に帰った人。
労働者時代に納税先は大分ではない。
住民税、所得税、介護保険料
里帰り先には納めていない。
この矛盾が
地方が衰退する原因の一つではないだろうか?
ふるさと納税の意味
いま一度考えなおして欲しい。
そして自分にできる事は自分で頑張るという「尊厳」を
自己責任と言うのはやめた方が気持ち良く生きられると思う。
明日は夏の土用の間日。
外壁塗装があるし
庭の植物たちの様子もあるし
土用に関係なく動いています🤣
もちろん熱中症対策しながらですよ
過剰な無理は「欲」の域
