一時帰国の続き…

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長崎、最終日です。

この日は、夕方遅くのフライトで東京に戻ります。

朝10時ごろにホテルをチェックアウトして、長崎駅のコインロッカーに荷物を預けて、観光に出かけます。


大浦天主堂とグラバー邸に行きます。

大浦天主堂は、開国後に長崎居留地に建設された、国内現存最古の教会です。


1864年末に竣工した翌年、浦上の潜伏キリシタンが訪れ信仰を告白したことにより、世界の宗教史上にも類を見ない信徒発見の舞台となりました。建立直前に殉教した日本26聖人に捧げられた教会であり、天主堂正面は殉教地である西坂に向けて建てられた。


鎖国の理由となった、外国からのキリスト教布教という名の外国支配が、幕府体制を揺るがす潜在的な脅威として認識され、迫害に繋がりました。


鎖国前に、伊達政宗の命(メキシコとの交易交渉)で支倉常長の遣欧使節団が、メキシコ〜スペイン(支倉は洗礼受ける)〜ローマ(法王に謁見)〜スペイン〜メキシコ〜マニラ〜長崎で帰国、丸7年かけての旅をしました。


当時はメキシコやフィリピンは、スペイン植民地だったので交易許可はスペイン王に貰いに行ったのに、キリスト教国の欧州では、日本でキリスト禁教令が出てる情報が伝わると冷遇され、その後、メキシコやマニラで返事を待つも来ず、支倉は帰国。7年かけた命懸けの船旅、支倉は帰国して2年で亡くなっています、結局はスペインから書簡は届かず…無念だろうな🙄🙄

(一部には同行してた宣教師ソテロが長崎に密入国した時に書簡を所持していたとか…処刑されてしまったので真相は分からず)


ローマから100km北にチヴィタヴェッキアという港町があり、そこに支倉一団は降り立ちました、町には侍姿の支倉常長の銅像があります。加えて、町の"日本聖殉教者教会"には、クリスチャン日本人画家、長谷川路可氏によって、1597年に長崎で殉教した26人のキリスト教徒に捧げるフレスコ画があります。

(ネットからお借りしました)


長崎旅行から脱線しちゃったけど、この時期の日本の歴史は非常に面白い!


脱線して長くなったので、次回で本当に最終回にします!🤣🤣