時は3月ころ
小長井のゆりかごアサリって有名で人気なんですね。
地中で育てていなくて、砂がジャリッとしないアサリと言うことで美味しいのです
実家の分、ご近所さんの分、親戚の分と頼まれていざ買い出しドライブに行きました
もちろん自宅の分も☆
すごく遠い上に、カーナビがヘンで迷った末に
定休日
わたしのナビはいつも諫早でおかしくなります。
売り切れを心配して朝早く出たのに、遠く小長井の地で1人ポツン…
有明海に消え入りそうなほどしょんぼり
ですがわたしにはどう転んでも大丈夫!な趣味がある!
そこが地球である限り

↑こちらはヒゼンマユミ🌳

↑諫早で発見されたマユミの木。
牧野富太郎が学会に発表…と書かれていますね!
同じ諫早の多良見の阿蘇神社にもヒゼンマユミがあったなあ🌳

↑今回のヒゼンマユミも阿蘇神社です
〈長崎県 諫早市〉

↑きれいに整地された境内です

↑平和(戦没者の芳名)の碑。
わたしは最近ガイドのため、原爆被害の勉強をみっちりみっちりしていました。(ガイドの勉強には終わりがないので今後も続きます。)
平和のために、とはいえ被害の勉強をするのはキツイしつらいです。
そして難しい!
普通に観光地の歴史や文化の楽しさはないし…。
それにわたしは小者だし、大きな視点で戦争反対や核兵器廃絶を訴えるより(こちらももちろん大切なんでしょうけど)
目の前にいる人を大切にすると言った事に注意を向ける事の方が向いていると思いました(^^;)
だって…そんな大きな事を訴えている人が、失礼だったり、自分の話ばかりして人の話泥棒をするとか、一笑に付すとか、経験しましたから
(ひどーい!と思いましたが他人だし、根に持ってる訳じゃないんですけどね。
反発心はあると思いますけど
)
そんなの戦争がゼロでも、全然平和じゃない。
役割なのかな。
とりあえず戦争や兵器が無くなれば平和でしょうか?
世界や政治経済がどんなに良くなっても、目の前の人や家族を認め合わないなら、夢を笑うなら全然平和じゃない。
これは戦争を無くすより難しいかもしれない。
核廃絶を訴えるのも、目の前の人に親切にするのも両方大事と思いますが。
もちろん命あっての事だから。でもその影に隠れた問題もあります。
わたしは小さな事しか出来ないだろうな、と言うのが身分相応です。
わたしは、平和のためのガイドと言うより、原爆被害の解説ガイドに過ぎないな。
平和のために、は難しいや(*´-`)
組織は平和のためのガイドを求めていますけど。
ほとんどのお客さまは、被害状況を見れば戦争は恐ろしいと感じるでしょう。
(理解度はさておき、1人で見てもそう思いますもん。)
しかし極めて限られた中には、知ってしまった以上、自分に敵ができた時、この恐ろしい選択肢が対抗手段の1つに加えられてしまう事もあるでしょう。
知ってしまった事
体得した技術
使ってみたくなる、話したくなる。

↑ふー(^^;)
なんだか違うブログになっちゃったな~
わたしがナビみたいにヘンなこと言ってたら許してくださいね
2の鳥居は元禄って彫られていました

↑お稲荷さんもありました🌾

↑地神や、くね~っとした「阿蘇神社御霊地」の石碑もありました。

