キリシタン檀那寺 天福寺 | 小さな幸せと長崎♡

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長崎市の神社へ全部行こうとするブログです♪
【到達率 永遠の99.9%】
※ブログにしていない物も含む。

【ブログ更新お休み中】
ひとまず終わりを迎えました。
また個人の趣味ゆえ誤記などあると思います。ご容赦ください。

ランニングもしています♪

天福寺にやって来ましたよ(^^)
〈長崎市 樫山町〉
江戸時代、潜伏キリシタンが檀家になっていたお寺です。
その頃はみんなお寺の檀家になって非キリシタンの証としました。寺請けと言っていましたね。
これって長崎以外もですよね?

神社の神職さんまでもそれの適用範囲だったようです。

神職さんは(場合により家族も)
仏教徒ではないし、寺請けから外れる事を認められる場合もあったようです。

神職さんはキリシタンではないのは明らかなので、神社がキリシタンでないことを証明していました。(神道請けと言うようです。)

↑むかしの藩境石もありました!

大村藩と、佐賀藩って書いてます♪
この辺りは大村と佐賀がいりくんでいました。

…大村藩はキリシタン取り締まりが厳しくて
佐賀藩はそうでもなかったとか。

大村純忠が日本初のキリシタン大名でしたしね。


↑入るとふくろうの置き物。

あ…いや、みみずくかなうずまき
↑祇園 牛頭天王(ごずてんのう)と彫られた石。

牛頭天王って
インドの祇陀太子の土地(祇園)に作られた寺院(精舎)の守護神だったんだびっくり

今さら知りました(^^;)

↑仰いでいる、行者さんに見えますが不明。
↑こちらの像の内の1体かな!?

羅漢さん達かな?
↑今回はこちらで元カクレキリシタンの先生の講座を聞きにきましたニコニコ
↑天福寺は曹洞宗だそうです。

カクレキリシタンとはキリスト教が許された後も、カトリック教会に属さなかった人々の呼び方です。


これまでの習慣を続けていきたい気持ち、理解できます。
建物(福聚宝殿)内の様子。


↑仁王さまには血管も再現。
↑カクレキリシタンの家々に伝わってきたコンタツ(ロザリオ)や、書物(お祈りのオラショかな?)など。

カクレキリシタンといえどそのならわしは、周りがしているからしている。
という感覚だったそうで。

ご自身の洗礼名も忘れてしまっている人々がほとんどだったそうです。
「そういえば何かの本(過去帳?)に(家族の洗礼名が)書いてたね~」という感じで。

そしてカクレキリシタンの行事はお寺のお庭で行っていたそうです。



最近、お寺の修繕費用を潜伏キリシタンの子孫方が寄付するなどの出来事がニュースになりました。

江戸時代、先祖はお寺に守ってもらったからという事で…。

そういう考え方かぁびっくり
無理やり檀家にさせられていたというんじゃなくて…。

お寺も檀家の人々がキリシタンだとわかっていた所もあり。

(良いお話なので、「天福寺 長崎」でぜひご検索ください。ニュースが読めます。)


そんなこの地区のカクレキリシタン組織はもう無くなってしまっているとの事です。

カトリック教会ではなく、天福寺の檀家になったとの事。