今回は長崎市古賀町の古賀八幡神社です

さてさて古賀はむかーし、大分県の宇佐八幡宮の荘園だったそうですよ。

↑吉野に遅し、ツツジに早し…の4月上旬

でも八重桜の
松月は見頃でしたよ

そして戦国時代は島原のキリシタン大名
有馬晴信(大村純忠の甥)に支配され
古賀八幡神社は打ち壊されます


↑一段上がって2の鳥居、
さらに上がって御拝殿

江戸時代には天領に


↑古賀を見下ろす狛犬さんと謎の岩。
当社を再建したのは、
島原城も造った大名、松倉豊後守 重政だそうです。
(圧政により、島原の乱の原因を作ったとも言われているお方

)

↑
松(折れてる

国勢調査の記念の松かな?)
竹(のこ)


孟宗竹(タケノコ)は
隠元さんが長崎に紹介したそうですよ♪

幕末には古賀の一部(中里、木場)が、大村領の大浦地区と交換され大村領となりました。
(大浦に外国人居留地を作るため。)

↑
梅(の実。こちらも国勢調査記念の梅?)
いつもと違う歳寒三友も見れました(=
松竹梅)