前回の長崎県大村市 春日神社の石段の途中からお隣へ行けます(^-^)

↑松林 廉之助はじめ大村藩勤王同盟37士の碑がありました。
初耳学な方々ばかり

同じ大村市の山田権現(山田の滝)に集ったと言う勤王の志士とはこの方々だそうです!


↑こちら国指定 名勝 旧円融寺庭園となっています。
戊辰戦争での大村藩の戦没者23士の墓碑も建っています。
各士の遺髪が納められているとの事。
奥の斜面の石は庭園の一部です(^-^)

わが長崎県も佐賀県と同じく、
薩長土肥の「肥」に入ります。
大村藩は兵を送り
長崎(長崎港など)は兵站基地として重要でした。
諫早、佐世保他の地域はどうしていたんだろう?

↑こちらは23士の1人
浜田 謹吾(享年15)の墓碑(手前)
双葉より 手くれ水くれ待つ花の
君がみために 咲けやこのとき
…と言う歌が残っています。
彼の母親が出陣前に詠んだ歌です。
彼の血染めの上衣に縫い付けられていたそうです。


↑境内からこちらの階段を降りていきます。

↑こちらも立派な庭園!
行ったのは2月初旬で…


↑行くなら今頃ですよ🌸
の大村護国神社でした(^-^)

↑さらに護国神社の鳥居から少し歩くと
草場小路と言って、五色塀のある武家屋敷の通りになります。
塀に埋め込まれた石の色や形状が違うでしょう

?

次回はこの道の、少し先をそれた道を進みます☆
(「世界の車窓から」の予告を思い出しちゃった

)