イチゴは江戸時代、オランダから長崎に入ってきました

↑枇杷は
シャクヤクも頂いた、グルメなお隣の貴婦人より頂きました
枇杷の花は、誰も気にしないであろう11月~1月に咲くんですよ
今の枇杷(ひわ、びわ)の品種は
三浦シヲと言う女性が
中国人から種を貰い受け
甥(山口権之助)に栽培させたのが始まり。
(それより昔にも枇杷自体は有りました)
他に
じゃがいも(南京いも、ジャガタラいも)
カボチャ(ボウブラ)
など沢山長崎に伝わりました。
名称が各経由地に由来していて面白いですね
(ジャカルタ、カンボジア)

↑近所の今年産まれた野良子猫
この子はちがいますが
長崎(九州)には尾曲がり猫
と言う猫が多いんですよなんでもジャカルタ付近に由来する尾曲がり猫を、
オランダ船に乗せていたからだとか。
(ネズミ駆除のため)
なぜジャカルタの?
それは
インドネシアの当時のジャカルタには
VOC(ブイオーシー、オランダ東インド会社)
がありましたからね
そこから長崎へ。
VOCは会社といえども社員は軍人さんです。
(イギリス東インド会と言うのもありました)
以前尾曲がり猫のしっぽを触ったら
しっぽの曲がっているところはカクカクしていました。
自発的に動かせない関節みたいでした
(=^ェ^=)
私は子供の頃
尾曲がり猫を骨折していると思っていました
↑最後にカタバミの四つ葉
四つ葉と言えば白詰草も長崎の出島から広がったと言われています
乾燥した白詰草を荷物の緩衝材としてつかっていたんですね
今回は(も?)
ちょっとした長崎自慢…じゃなくて長崎勉強でした☆
・*:..。o♬*゚・*:..。o♬*゚・*:..。o♬*゚
さて…
最近の自粛解除で、高齢の祖母(来月96)宅へ生活の手伝いへ再び行ける様になりました。(*´-`)
時流など無関係、元々一人では外は出歩けない祖母。
病気どころか転んだだけで命の危機があります。
自粛と言えど市内だし、手伝いに行きたかったけれど
親族会議で一人を覗いて行けない事になっていました
(祖母は昔の人間なので、長男(私のおじ)と暮らしたいけれど、おじの家は「宅地」ではないので祖母の部屋を増築出来ないので、ずっと一人暮らし)
祖母はいつボケてもおかしくないので(予兆あり)心配していましたが
かわりなく居てくれて(体調は高齢なのでどこかしら悪い)、
私の事も覚えていてくれました
良かった。
この年代はもう毎日がギリギリなので、
会えたら出来る限りの事をします。
これまで伝え忘れたことはないか、言葉と態度で伝えます。
コロナ関係なく以前からです
私が小さい頃、いつも母が
1日一回しかダメだと言っていた「たまごのご飯」(たまごかけご飯)を
祖母は毎食(朝昼晩)食べさせてくれたことがあります
私もたまごのご飯がそれ程好きで(笑)
古くて気難しい気性の祖母ですが、やっぱり孫には甘かったみたいですね(^^)
今度祖母宅へいった時、たまごのご飯の話を必ずしよう(^^)
きっと忘れているだろうけど♪
そんな祖母はバリバリの諫早弁です(^^)


