またまた大村湾を飛び越えて大村市の池田湖公園までやって来ました

↑この池田湖の満水を願ってまつられている水神さまの祠です。

↑湖の周囲を歩いていると、
鳥居の柱がドサッ

↑湖からすぐに、幸天神社がありました
広くなくて、見学や参拝しやすいです!
燈籠の少し先にご注目。

↑燈籠の先に鳥居の柱の上半分が建っています。
先ほどの横たわっていた鳥居の柱と同じ鳥居のものと思われます。
たまにこのブログでは触れますが、貫がはまっていたところは、貫通していません。
以前の私はてっきり貫通しているとおもっていました
明神鳥居は貫がわざわざ外側につきだしているのは何故なんでしょうね
長崎学の重鎮の先生方はこの「何故」を常に感じて追及していらっしゃるので、私も見倣わないとなあ…
(ただいま私が昨年携わった「うぐめの幽霊」の絵本を、この重鎮の先生のうちのお一人に見て頂こうと打診中です
見て頂けるといいなぁ♪)

↑現存する鳥居は継ぎ目のある明神鳥居です。
数えかたは、1番目でいいのかな?

↑進みます

↑境内までには三体の観音様やほこら。
割れた観音様がなんとも言えません

↑社殿はは壊れたそうですが、御神体のほこらです。
裏側に、「村松村 ○○○○」と彫られています
ソフトクリームで隠した(笑)「○○」の部分は今も琴海村松町に有る石材屋さんと同じです。もしかしたら同一…?
環大村湾領地内には、ここ大村市の対岸、長崎市琴海村松町も含まれます。
昨年5月に行った、大村神社にも村松村と掘られた燈籠がありました!

↑神社わきには宝円寺墓石群と六地蔵です。
もとは以前ご紹介した熊野神社(石段長い所)の、宝円寺に有ったものを移設したそうです。
(高速道路建設のため)
ご覧の通り
さまざまな形の墓石がありました。
史跡扱いみたいなので、墓石ですが撮影させて頂きました。
私の学んでいる現長崎市の一部は、もともと大村藩だったところがあるので、大村市の方にちゃんとした記録があったりします
長崎市の勉強をするのに長崎市だけでは済まないところは、長崎学好き泣かせですね
でも市外へ出掛ける口実になるので嬉しかったりしますo(*⌒―⌒*)o
大村に、いくつ村松村関連の神社かあるかなどを調べるのもまた面白いかも

