2019年12月30日
於 大村市


29日と30日で沢山神社を見て、神社的満腹感を感じていますが…f(^_^;
鹿島市~大村市シリーズも終わりが近づき、なんだか寂しさも覚えます…

↑こちらは大村市のマンホールの蓋。
ご存じの方も多いですが、小さいものは人は入れず、「手」のみ入るのでハンドホールと言います
鹿島市や白石町や太良町ではチェックしわすれ

↑今回の松原八幡神社の外側の石垣
またまた積みかたが一定ではありません(^^)
色々理由は有るでしょうが…。
横に目地が通る布積みは構造が弱いそうです。
私はブログでは石々言っていますが、レンガの積み方なども気にしています
(その他長崎市にある古い物、動物、自然などは気にしています♡)
↑松原八幡神社は鎌倉時代末にはあったそうです。
1574年にはキリシタンにより破壊されました。
しかし江戸時代に再興!
よく再興しましたね!
でも寺社がキリシタンに打ち壊されたり、
仏教徒に教会が打ち壊されたり…。
そんな教義なのは仕方ないですが
自分達の物の中に、自分達の教義に反するものがあれば壊したり燃やしたりすればいいけど、ひとのものは打ち壊さないで欲しい(^^;
今回も神社ブログなので「よく再興」と書きましたが、教会でも歴史的価値のある建造物だったでしょうし…。
本当は教会も再興して欲しいです。
でも昔のものが沢山残っていたら、今の人々が生活するところ、困るかな?

↑さて一の鳥居はうれしい肥前鳥居

柱の継ぎ目がはからずもお洒落…?
補修でしょうか?
扁額には八幡宮。
それにしても、長崎県で肥前鳥居の残る神社は
こちらの松原八幡神社
長崎市の矢上八幡神社
雲仙市西郷の八幡神社…他にも有りますが、
↑階段の途中の左右。
内部は未確認(^^;
戸を開けるのが気が引けるんですよね~(^^;
石碑にはお題目。
日本初のキリシタン大名大村純忠の息子、大村藩初代藩主大村善前(よしあき)はキリシタンから日蓮宗に改宗しています。
純忠はキリシタン弾圧が厳しくなる前に没しているので、棄教を迫られたり国外追放されたりせずに、生涯キリシタンとして生きる事が出来ました。
元大村藩領で、題目塔や日蓮宗のお寺を見つけたら思い出してください

大村湾真珠業と関わりがあるお方だそう。
波静かな大村湾は、江戸時代からの真珠の産地です
(以下「琴海町史」より要約)
真珠は、713年「肥前風土記」彼杵郡の条に「白珠(しらたま、真珠)」との記載があり、大村湾は三重県の英虞湾(あごわん)と並んで古くから天然真珠の産地となっていました。
(玉は鉱物由来、珠は動物由来)
真珠貝の産物とわかるまでは「竜の目玉」や「人魚の涙」と思われていたそうです。
…こんな感じで2019年12月30日の神社巡りは終了
となります。
読んでいただきありがとうございました
次回は再び大村市の神社です!
心残りのあの神社へ
聖地巡礼Part3の①を書いた後に訪問したので、始めに書いた数より一社増えました(^-^)











