子供の頃からモノを作るのが大好きで、
放っておくと何時間でも工作に没頭していました。
そのせいか今でも手作りのものにすごく惹かれます。
手料理が好きだし、ハンドメイドのものに安らぎを感じます。
人が時間をかけて作ったものはとても心がこもっていますし、
料理でも雑貨でも、作ってもらえると嬉しくなります。
親友の奥さんがすごく料理上手な人で、
よく食べさせてもらうのですが、
外食か手料理のどちらがいいか訊かれたなら、
僕は断然おうちカフェを選択します。
誰かが誰かのために作ったもの。
そこに込められた想いが相手を幸せな気持ちにしてくれます。
2ちゃんねるなどのネット文化が大好きで、
昔からずっと親しんでいるのですが、
その中に感動系動画というものがあります。
これは有名なタイのCMで、
すごく気に入っているものの一つです。
ほんの3分ほどの動画なので、良かったら観てみて下さい。
ここに出てくる少年は、生きるのに必死で、
そこには善悪などというものが介在する余地なんてありません。
今日を生きていくので精一杯です。
別に貧困だけがこんな状況を作り上げるわけでは
ないと思います。
僕たちが生きている日常の至る所に
こうした憂いが潜んでいる気がします。
泥棒が見つかった時、この少年がどんな気持ちだったか。
恥ずかしくて、情けなくて、こわくて、悲しくて、つらくて。
色んな感情がない交ぜになりながらも、
幼すぎて自分ではどうにもできないまま、
ただうなだれているしかない瞬間。
おじさんが手渡してくれたのは
ほんの少額のお金とスープだけです。
でも、それがどれぐらい嬉しかったか。
どんなにありがたかったか。
誰かの想いは、たとえそれがどんなに
小さなものであったとしても、
してもらった方はずっと忘れません。
子供の頃、
僕が工作をしていた時に上手くできないところがあって、
「ここがどうしてもズレるんだよなー」とぼやいていたら、
ある人がこう言ってくれました。
「優綺くんの手作りだからこそ、その作品がいいんだよ」
手元を見たまま、それでも不満そうな顔を続ける僕。
でも・・・心の中では言い様のない何かが広がっていました。
それ以来、手作りのものに対するちょっとした怯えが
消えたように思います。
あれから何年も経った今でも、
あの時の言葉が僕の中では救いや安心感になっています。
その人は、あの瞬間のことも、
自分が言った内容もなにも覚えてはいないでしょう。
目の前の子供に、ふっと何の気なしに言った言葉ーー。
それが何年も何年も僕の心に残り続けるとは知らずに。
幼少期からずっと、僕は自分に自信がなくて、
今もそれはまったく変わりありません。
ずっと自信がないままです。
でも、あの瞬間がどれほど嬉しかったか。
どんなにありがたかったか。
もしも、その人が特になんとも思っていなかったとしても、
してもらった方には忘れられない瞬間があります。
永久に残り続ける言葉や慈しみの行動があります。
あの日の何気ない言葉。
僕も死ぬまで忘れません。