僕は奈良に住んでいるんですけど、
東京の満員電車ほどではないにしても、
夕方になるとやはり電車が混み合います。
難波からの帰りの電車。
隣の人と肩が触れあうぐらいの混みようで、
プライベート・スペースもなにもあったものではありません。
立ったまま文庫本を読んでいた僕は、
電車が止まりそうな気配に視線を上げます。
生駒駅に着き、たくさんの人が乗り込んできました。
僕のすぐ右横には、
赤ちゃんを抱っこした若いお母さんが立ち、
片手に持った荷物が少し重たそうです。
電車が発進した直後のこと。
「わーーーん!!」
その赤ちゃんが急に泣き始めました。
困った顔のお母さん。
周囲にも少しの緊張が走ります。
誰かが「おい、うるせーぞ!」とでも
言いかねないようなあの緊張感です。
母親は身体をゆすりながらよしよしとあやすものの、
赤ちゃんが泣き止む様子はまったくありません。
ふと、そのお母さんの目の前に座っていた
ちょっと不良っぽく見える女子高生が、すっと席を立ち、
声を発することもなく、黙ったまま手でお母さんに
座って・・・と促しました。
その姿がなんだか凛として、とても格好良くて。
見た目で判断してはいけないとはよく言いますが、
ちょっと不良っぽく見えるその女子高生は、
難波からずっと僕の視界に入っていて、
パッと見にも怖そうなオーラを発していた子でした。
内心でひどくビックリする僕。
お母さんはちょっと不良っぽく見えるその女子高生に
何度もお礼を言って座り、するとその途端、
何故だか赤ちゃんがぴたりと泣き止みました。
普通なら、母親が立っていた方が泣き止みそうなものなのに。
どことなく現実感をなくしたような、嘘みたいな瞬間ーー。
周りの誰もがホッとしたのが肌で分かりました。
席を譲ったちょっと不良っぽく見えるその女子高生は、
僕の隣に並んで立ち、何でもなさそうな表情をしているものの、
内心ではじつは気恥ずかしいのか、そっぽを向いています。
彼女を中心に広がる柔らかな感情。
さざ波のように、伝わって、広がって。
彼女の過去にどんなことがあったのか、
知りえようもありません。
でも、彼女の中には確かな優しさがあり、
それがなんだか嬉しくて。
迷うそぶりも見せずに、
そうするのが当然だといわんばかりに席を立った
あの姿がカッコよすぎて、帰り道もずっと頭に浮かんでいました。
