※前半後半の2回の掲載です
「五郎」

まさか…
私は夢を見ているのかしら…
頬を叩いてみても、目の前で起こっている事は変わらない

猫が話しかけてくるなんて…

私が小さい時に、母は私と父を残し、出て行った。
暫くして、父は「お母さんは、亡くなった」と言っていた。

それから今に至るまで、一度も会った事も、消息を耳にする事も無かった。

それから、数十年が立ち、父も他界し、私は天涯孤独の身になったが、不思議と心境の変化は無かった。

それが、突然「あなたのお母様が亡くなりました」と役所から連絡が来た。
当の昔に亡くなったと思っていた母。今さら「亡くなりました。お骨を引き取りに来てください」と、言われても…。私は、混乱し、遠い昔に感じた僅かな怒りを思いだしていた。
役所の人に、言われるがまま、指定された場所へ行くと、母はすでに小さな骨壷に入っていた。
頭の整理が付かないまま、私は骨壷を抱え、母の遺品が入っているという黒いバックを受けとり、手続きを済ませて、自宅へ戻った。

家に帰り、箱に入った骨壷をテーブルに置いた。
あの場で、何の説明を聞いて、何を答えたのかも覚えていなかった。
僅かな遺品が入っている黒いバックのポケットには、私が小さい時に家族3人で撮った写真が1枚と、猫の写真が1枚入っていた。
暫く写真を眺めていたが、何もする気にはなれず、だた、とても疲れたので、バックをベッドの下に放り込み布団にくるまった。
「もしかしたら、これは夢で…、起きたらいつもと変わらない平凡な日常が待っているんだ」と、信じながら…。

ふと、頬に柔らかいものが触れた気がして目が覚めた。
何だろうとベッドから起きて、部屋の中を見回した。

暗闇で遺骨の入った白い箱は、はっきりと見える。

「やっぱり有る…。夢じゃないんだ…」

椅子に座り、改めて、写真を手に取った。

「今さら、母と言われてもね…しかも、お骨になって…。
今までどこで何をしていたの?お父さんはもう亡くなってしまったのよ。
こんな形で帰ってくるなんて、何なの?私の事なんて、お父さんの事なんて、すっかり忘れて楽しく暮らしていたんでしょう?」

寂しさも、悲しさも感じなかった。

「ねえ、お姉ちゃん」

「えっ?」何か聞こえた。
私は狭い室内を見渡した。
当り前ではあるが、誰も居ない

「ねえ、お姉ちゃん」

えっ?
また聞こえた!どうやらベッドの下から聞こえる。
「誰?誰なの?泥棒?幽霊??」

すると

「僕だよ。僕」

「僕って…誰なの!警察呼ぶわよ!」

私は、怒鳴りながら恐る恐る、声の方を見た。
すると、そこには、黒猫が1匹座って、じっとこちらを見上げていた。

「えっ?猫?何処から入ったの?あなた、どこの子?なんで私の家に猫がいるの?」

猫は、髭一本すら動かさず
「僕だよ、僕。お母さんの息子。黒猫の五郎だよ」

「はい?五郎?家族?ええ?どうしてうちに居るの?誰の家族だって?」

猫は答えた
「昨日、お母さんの遺骨と一緒に、お姉ちゃんが引き取ってくれたじゃないか」

私は、混乱しながらも、頭をフル回転させ、記憶を辿った。

「ああ!思いだした!あの黒いカバン!役所の人が、お母さんの遺品ですって言っていた…。ああ!その中!何か重いとは思っていたけど、君だったんだ!」

「そう!それが僕。五郎って言うんだ。宜しくね」

「えっ?宜しくって…ごめんなさい!まさか、猫が入っていると思わなくって…狭かったでしょう?お腹空いてるよね?お水は?ねえ、体大丈夫?」
と慌てて答えながら、ふと笑い出してしまった。

私…何猫に話かけているのかしら。気のせいなのに。猫がしゃべるわけないのにね…
でも…、猫に罪は無いし、もう私が引き取るしかないし…ってか、もう引き取ってしまったし…。まさか急に猫を飼うなんて…どうしよう。

私は、小さい時から、動物を飼った事が無かった。
友人が飼っている猫を見ても、犬を見ても、可愛いとは思うが、自分で飼おうと思う程では無かった。
勿論、母も父も動物を飼おうとは言わなかった。

ただ、今、目の前に猫がいる…
先ずは、どうしたら良いのかしら…私、仕事も有るし…。

それを察したのか、猫が言った。

「僕ね、もう大人だからお留守番もOKさ」

「そう?良かった…って!!ええええ!」
やっぱり猫は私と会話をしている。

もしかして、今まで私は猫が人間の言葉を話なさないと思いこんでいるだけで、実は話すとか?
私の頭がどうかしてしまったとか?
夢の中で夢を見ているとか?

私は、何とか納得できる理由を探した。
そんな私の混乱なんてお構いなしに、猫は話し続けた。

「お姉ちゃん、僕ね…。子猫の時にお母さんと出会ってね」

私は、理由探しを止めた。
そして…夢でも何でもいいから、猫の話を聞く機会なんて早々有るもんじゃない。
だから、猫の話を聞いてみようと思った。

「続きを話して」

猫は、髭をぴんと伸ばすと、話し始めた。

「僕はね、小さい時に、お母さんと出会ったんだ。
凄く小さい時の事は覚えていないんだけど、ゴミ捨て場で動けなくなっていた僕を、お母さんが抱き上げて、家に連れて帰ってくれたんだ。それからは、お母さんと二人で暮らしていた。ずっと一緒だったんだ」

「えっ?君とあの人の二人暮らしだったの?他に男の人とかは居なかったの?」

「うん。僕とお母さんだけ」

そうなんだ…てっきり再婚でもして楽に暮らしているのかと…
「それらからは?」

「うん。お母さんは、毎日朝早く家を出て、夜遅く帰って来た。それでね、帰って来ると、一緒にご飯を食べるんだ。夜遅いから、お腹が空いちゃうんだけど、お母さんと一緒にご飯を食べるのが、とっても嬉しかったし、楽しかった!」

「ふ~ん。一応、生活は出来ていたのね…」

「そ う言えば、時々寂しそうな表情で、窓から空を見ていたよ。そういう時に必ず「ごめんね」って呟いていたんだ。「ごめんね」って誰に謝っていたのか分からな いけど、そう言いながらいつも泣いていた。僕は、そんなお母さんの顔に流れてくる少ししょっぱいお水を舐めてあげていたの。そうすると、お母さんは、いつ もね「五郎の舌はざらざらして痛いね~」って笑うんだよ。笑顔になるんだ。そして、いつものお母さんに戻っていたよ」

「へえ~。泣いていた…。私達に少しでも悪かったって気持ちが有ったのかしらね~」

五郎は「僕、沢山話したから喉が渇いちゃった。ちょっとお水飲むね」
そう言うと、コップに入った水をぴちゃぴちゃと飲み、それが終わると、髭についた水を手で器用に拭った。
そのまま、毛繕いを始めた。

「こうして見ると、普通の猫に見えるんだけどね…」

五郎はひとしきり、毛繕いをすると、また話し始めた。

「お母さんはね、毎日僕に話をしてくれたんだ。お父さんとの出会いや、お姉ちゃんが産まれた時の事。小学校の入学式の前日にお姉ちゃんがおねしょをした事や、あんな事、こんな事、家族の事を沢山話してくれた。同じ話しばかりするから、すっかり覚えちゃった。えへへ」

「おやおや、随分余計な事まで話しているのね」

「そしてね、布団に入ると、いつもこの話しになるんだ。

お 母さんは、伯父さんの借金の保証人っていうのになってしまった。それがすべて間違いだったと。その後返済が出来なくなった伯父さんが蒸発してしまって、肩 代わりをしなくてはならなくなったんだって。でも、お父さんや娘に迷惑をかけまいと、離婚をして、家を出たって。寂しい、家族に会いたいって。
そう言って、また泣くんだ。その時は、僕がいくら慰めてもダメだった。だから、枕がいつも湿ってしまうんだよね」

「えっ?何?その話、もう一度話してくれない?」
私は、もう一度、同じ話を聞いた。

なんて事なの。私は、本当の事も知らず、ただ母が身勝手に出て行き、好き勝手に暮らしているもんだとばかり思っていた。

「お 姉ちゃん、お母さんは、冷たくなってしまう前に、僕に言ったんだよ。お姉ちゃんに会ったら、家族になって支えてあげて。心の寂しさを支えてあげて。そし て、「ごめんね」と伝えてって。で、静かになって動かなくなっちゃった。行かないで!僕を置いていかないで!ってお願いしたんだけど…。僕がお腹の上に 乗って暖めても、頬を舐めても、暖かくもならないし、笑ってもくれない。
冷 たくて、静か…。それから、僕は一人ぼっちで、お母さんを暖め続けたんだ。でも、知らないおじさんが来て、お母さんを運び出して行っちゃった。その後に、 管理人さんが、僕を見つけてくれた。その後、お母さんの家族が見つかった。だから、管理人さんは、僕をバックに入れてお姉ちゃんに渡したって訳」


そうだったんだ…。私は、暫く頭の中が混乱した。
「どうして…どうして本当の事を教えてくれなかったんだろう?教えると会いたくなるから?私が会いに行ってしまうから?何故、どうして…」

やがて、今まで知らずに抑え込んでいたの母への思いが溢れて来た。

今まで無関心でごめんなさい。お母さんは、私の事をそんなにも心配してくれていたんだ。
寂しかったよね。辛かったよね。私…ごめんなさい!お母さん!逢いたい!お母さん!

私は、数十年分、大声で泣いた。
心の中に溜まっていた思いを声に出して泣いた。

五郎が、そっと膝に乗って来た。
ざらざらとした舌で、私の頬を舐めた。

くすぐったい…

私は、思わず肩をすくめた。

五郎は、私の顔を覗き込んでいる。
「お姉ちゃんは、お母さんみたいに笑ってくれないの?」

「えっ?」
私は、小首を傾げて覗き込んでいる五郎が愛らしく、愛おしくなり、思わず笑みがこぼれた。

すると、五郎は「良かった。僕、お母さんとの約束守れた!」
そう言うと、私の膝からぴょんと飛び降りた。

私は五郎に話しかけた。
「五郎。ありがとう。ねえ、これからは私と一緒に暮らしていこうね」

すると五郎は、あくびをひとつすると、気持ち良さそうに伸びをし、私のベッドに上がり、丸くなると眠ってしまった。

※写真はイメージです

「五郎も、疲れたんだ。沢山話したからね」
私は、スヤスヤと寝ている五郎の顔を見ながら、もう一度「ありがとう」と呟き、眠りに落ちた。***続く***
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日時 2015年4月19日(日)

午後1時~午後5時

場所
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