「満月の約束」
あの丸くて白く光ってるものは…そう、月だ。満月だ。
遠い昔、俺が子猫だった頃、人間の女の子が、家の縁側で教えてくれた。「リキ、あれはお月様。綺麗でしょ?今日は満月よ。お月見だから、お団子並べて、一緒にお月様見ようね。満月だよ。まん丸でしょ?ね、リキ」うん…、かなり昔の事だから、記憶が曖昧だな…でも、笑顔と、暗い空に、ぽっかりと浮かび輝く丸いものは、はっきりと覚えている。それが、「満月」って事も。
今、俺が見上げている物は…そう、月だ。満月なんだ。
大きなオスの猫は、苦しそうな息をしながら、道路の端に横たわり、命の炎が燃え尽きるのを、必死で耐えながら、ただただ行きかう人と、空の満月を見つめていた。
苦しむ猫の傍を、一人の女性が通りかかった。
道の脇で倒れている猫を見て、みるみる顔から血の気が引いた。
女性は、恐る恐る猫を覗き込むと、顔中血塗れだった。
「ああっ!大変!血が出ている!どうしよう」そう言いながら、女性は、携帯を取り出した。
誰もが見てみぬ振りをして通り過ぎる中、その女性は血まみれで倒れている猫を目の前に、震える手で、どこかへ電話をかけた。「もしもし!今道路に血まみれの猫が倒れています。はい、ええ」暫く会話をし、そして、女性は猫に水を差し出した。

「グウウウウウ!シャッ!」俺は、これ以上体に痛みを感じるのはごめんだった。
人間から、苦痛を受けるのは、もうこりごりだった。
力を振り絞り、自分に向けられた手を引っ掻いた。「触るんじゃない!俺に障るな!」

「痛っ!ああ、ごめんね、驚かせたかな?」女性は、手を引っ込めながら、今度は持っていた水を猫の前足の前に置いた。
「ボランティアさんが迎えに来てくれるから、待っていてね。私、学校に行かなくてはならないの。だから、ごめんね。待っていてね」
そして、駅の改札へ急いだ。

猫は、横たわり、空を見上げながら、
「待っていてって…いったい俺に誰を待てって言うんだ。おかしな人間だな。ああ、そうか、死神のお迎えを待てって事か。フッ。そうだろうな。人間なんてそんなもんだ」
そう言うと、少しだけ瞬きをした。

暫くすると、駅員がやってきて、どこかへ電話をした。そして…、すぐに保健所の車が来て、まだ息の有る血まみれの猫を積んで走って行った。

それから十数分後、一人のボランティア団体の男性が慌てた様子で何かを探していた。
「あれ?居ない。確か、通報では、ここに血まみれの猫が倒れているって…」通報を受けて、駆けつけたボランティアの男性だった。
しかし、いくらあたりを探しても猫がいない。「そうだ!駅の人に聞いてみよう」男性が、駅員へ確認をすると、猫は既に動物愛護センターへ連れて行かれた後だった。
慌てた男性は、急いでセンターへ連絡を入れ、すぐに迎えに行く準備をした。「ごめんよ。遅くなったせいで…。今迎えに行くから。すべての猫を救う事は出来ない。でも、せめて救える子は救おう!」そう呟きながら、ハンドルを握った。
幸いにも、猫は処分を免れ、保管ケージの中で寝かされていた。
連絡を受けた仲間の女性ボランティアが、その猫の引取りを済ませていた。ボランティアの男性は、仲間と猫を積み、急いで、動物病院へ連れて行った。


既に連絡を受けていた獣医師は、緊急手術の準備を整えて、猫の到着を待っていてくれた。
箱の中の猫を一目見た獣医師が、表情が曇らせながら呟いた。
「これは…かなり重症。背骨が折れているかもしれない。内臓系もやられているかも…」

そして、振りかえると、静かに、しかし力強く言った。
「事故かな…。結構重症。出来る事はするけど、無理かも知れないから、覚悟はしていてくださいね」
獣医師は猫を受け取り、診察台へ乗せた。
「グググ グググ」猫は、恐怖と痛みのせいか、うなり声をあげていた。

俺は、体中が痛み、鼻や口から、どろどろと生暖かいものが流れ出て、息苦しかったし、指の1本でも、尻尾の先でも動かせば、飛び上がらんばかりの激痛が体中を駆け巡った。だが、不思議と、背中は何の痛みも感じなかった。
獣医師は手術台のライトを付けた。満月のような大きくて丸いライトだった。

俺は寝かされたまま、ふと上を見た「あ れっ?あの白く輝く丸い物は…満月か?ああ、そうだ!満月だ。こんなに近くに満月があるなんて…俺は死んだのか?さっきから、体の痛みも感じないし、ふわ ふわと眠くなる程だ。俺は、死ぬのかもしれないな…でも、俺には約束があるんだ。行かなきゃ。でも、何処へ?誰との約束?ああ!くそう。意識が朦朧とし て…思い出せない」
そして、俺は満月に吸い込まれたようで、その後の記憶がまったくなかった
「これが死ぬってことなのか…」
気が付くと、狭い檻のような箱の中に寝かされていて、腕には細い管が付いていた。
「此処は、何処だ?満月の中か?俺は生きているのか?」

猫が麻酔から覚めた。

「あっ!猫さんが、目を覚ました!ごめんね、あの時、私があなたの傍を離れたせいで、怖い思いをさせてしまって…。」」
猫の事をボランティア団体へ通報した女性が、連絡を受け、駆けつけて来ていた。
そして、檻の隙間から猫に話しかけた。
「でも、もう大丈夫。あなたは、ボランティアさんに救って貰えたから。後は体を治してね」

「ああ、この人は、横たわる俺に水を差し出してくれた女性だ。そうか、この人が、俺を此処へ連れて来たのか…俺は病院にいるのか?満月に吸い込まれたのではないんだ…」
女性は先生から猫の状態の説明を受けていた
「この猫さんは、背骨が折れています。普通なら即死ですよ。でも、今必死に生きています。生きているのが不思議なほどです。手術は難しい。辛いかも知れませんが、いつお迎えが来てもおかしくない状態です」
「先生、助からないのですか?何とか治療は出来ないのですか?」
獣医師は、全力を尽くしますとだけ答え、輸血の準備をしに、部屋の奥へ向かった。

静かになった部屋の中で、俺は何かを思い出そうとしていた。
「俺 は、確か、満月を見上げていたんだ。そして急いでいたんだ。何処へ?何故?どうして?うん…覚えていない…。ああ、そうだ、そうしたら、急に大きなバイク が俺の体にぶつかって来た。そして…俺の体は空を切って跳ね上げられた。その時、俺の目には満月が飛び込んで来た。ああ、満月か…今日は満月なんだな、急 いで行かないと…そう思っていると、ドカッっと地面に叩き付けられた。その後は、もう身動きが取れず、ただただ痛みをどうする事も出来ず、行きかう人と満 月を見上げていた。そうだ…以前同じような満月を、だれかと見上げていたな…」
ふと気が付くと、通報した女性が、また俺を覗き込んでいた。
「猫 さん、大丈夫?私ね、昔家のお庭に来る子猫さんと、お月見をした事があるの。あなたのようなキジ白の猫さんだったわ。名前はリキ。その時、うちはペット不 可の住宅だったから子猫さんを家族にする事は出来なかったの。でも、毎年お月見をしようねって約束をしたのよ。毎年って。それから翌年は来てくれたの。で も、それ以降は…。私の家はね、今はペット可の住宅に引っ越したから、あの猫さんを家族に迎えようと思って、探していたの。そうしたら、あなたが血まみれ で横たわっていたのに出くわしたって訳。あっ、ごめんなさいね。長話して、疲れたよね。ごめんね。明日またお見舞いに来るから必ず生きていてね」
と、女性は話を終えると、静かに部屋を出て行った。
その晩、俺は夢を見た。「リキ~、お月見しましょう!お団子は、ここで…あっ!ちび、こらっ!ススキにじゃれると花瓶が倒れてしまうでしょ~。ウフフ アハハ リキ!もうすぐ、家族になろうね。リキ!何処にも行かないでよ、ね、リキ。迎えに来るからね。リキ~、ほら、お月様まん丸ね~」
俺は嬉しくて、女の子の膝に頭をスリスリと摺り寄せた。
「リキ、迎えに来るからね。毎年、お月見をしましょうね。待っていてね…待って…」
満月の中に女の子の顔がかぶり、だんだんとはっきりしてきた。

俺は、はっ!として、目を覚ました。
混乱する脳内を、様々な風景が流れては戻ってくる。しっかりしろ!俺!よく思い出せ!あの時の事を。思い出すんだ!
痛みと共にだんだんと記憶も戻って来た。
「あ あああ!そうだ!満月の日、いつも一緒に月を見上げていた女の子!あの子だ!あの子なんだ。倒れていた俺に水を差し出してくれた人、俺を此処へ運んだ人、 そうだ!俺に毎年一緒にお月見をしようと約束をしてくれた人。そして、必ず迎えに来るから待っていてといった人。あの女の子だ!」
俺はすべて思い出した。何故急いでいたか。何故満月を見上げていたのか。何故、懐かしいのか…。
猫は大きく息を吸い込んだ。体中に痛みが走った。「イテテ…。満月か…。なんだか嬉しいな…家族か…。でも…、もうこれ以上を望むのは無理ってもんだな…時間がなさそうだ。フフ。でも、最後に会いたいな。あの子に…もう一度、一緒に満月を見上げて…」そう言うと、猫は、入院スペースの天井に付いた、大きくて丸いライトを見上げた。
猫の目は、どんどんと見開き、心臓の鼓動はだんだんと弱くなって行った。

様子を見に来た獣医師は、猫の状態を確かめ、深くため息を付いた。「ごめんね、どうしてあげたら良いのか…」そう言うと、また診察室へ戻って行った。

病院の外では、あたりは暗くなり、空には満月が冷たい光りを放っていた。
どんどんと、病院のドアを叩く音が響いた。獣医師は、何故か今日に限って、緊急の患者が多く、終了時間を過ぎても病院で作業をしていたので、また急患かと思い、病院をドアを開けた。すると、昨日の女性が泣きながら立っていた。「先生!あの猫!あの猫は…。先生!お月見の…約束の…」女性は流れる涙をぬぐいもしないで話し続けた。
「先生、あの猫、私の家族になる猫さんなんです!小さい時の写真を見て、思い出しました。毎年お月見をしようって、必ず迎えに来るからって、約束を、約束を…」

女性の声は入院スペースの猫の耳に届いた。
「ああ!あの子だ。迎えに来てくれたんだ!約束を守ってくれたんだ…。嬉しいじゃないか。俺は、あの子の家族としてお月見をするんだ。ああ、このライト、まるで、満月だな…これでも良いか、お月見をしなくちゃ。あの子と…お月見を…」そういうと、大きく息を吸い込んだ。すると…、安心して気が緩んだのか、必死に動いていた猫の鼓動が、トンと音を立てて止まった。
その頃、獣医師は、早く入りなさいと、泣きじゃくる女性を中へ招きいれていた。女性は、入院スペースへと走った。
「リキ!あなたなんでしょ?リキ!」
そういいながら、女性が猫のケージへ駆け寄ると…
入院スペースの丸いライトへ顔を向け、嬉しそうな表情をしたまま、猫は動かなくなっていた。
がっくりと膝を落とし、女性はうなだれた。

「ああ!リキ!ごめんね!遅くなってごめんね、リキ!一緒にお月見をしようとしてくれていたんだね。約束を覚えていてくれたの。ごめんね。リキ!リキ!」
女性は、痛みから解放された、リキの体を抱きしめた。そして、長い時間床に座りこんでいた。

暫くして、
「先生、リキは約束を守ってくれたんです。一緒にお月見をしようとしてくれていた。だから、私もリキとの約束を守りたい。リキを家族に迎えます。今日は、一緒にお月見をしたいので、連れて帰ります」
そういうと、持って来た新品のキャリーに毛布を敷き、動かなくなったリキを優しく運び入れた。
深々と頭を下げて、病院を出ると、女性はリキに話しかけた。「さぁ、家に帰ろうね。これからは、毎年一緒にお月見をしようね。リキ」
外に出ると、空には、満月が浮かんでいた。
「リキ、満月だよ。一緒にお月見しようね。これからは、毎年毎年…。家族だからね。ずっと一緒に、毎年ね」
空に浮かんだ満月からは、優しい光が二人に降り注いでいる。
「リキ、満月だよ。リキ…」
****終わり*****

このお話は、スーパームーンの夜に…旅立った命の「リキ」ちゃんがモデルになっています。


精一杯がんばってくれた「リキ」ちゃん、必ずまた会おうね!


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日時 10月19日(日) 午後1時~午後5時

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