「笑顔」

久しぶりの休みに、晴美は自宅近くの公園のベンチで何をするでもなく、ぼんやりと、砂場で遊ぶ近所の子供達を眺めていた。
「何もしないって、良いな~」
ここ数ヶ月、毎日残業続きで、体はへとへと、頭の中は不満で真っ黒と言った感じだったので、公園で風に吹かれながら何もしないでいる時間がとても心地よかった。

しかめっ面の顔の眉間の辺りに手を当てて、筋肉をほぐしたら優しい表情になれるかな…、そんな事を考えながら
「は~気持いいな~」と、思いっきり伸びをした。
その時、突然、何かが聞こえた。
「ニャー」
「えっ?」晴美は、きょろきょろ周りを見回した。
「ニャー」
子供達の遊ぶ声にかき消される程の小さな声だった。
「あれっ?空耳かな?でも…やっぱり何か聞こえる気がする…何かしら?」
晴美は、立ち上がり、あたりを歩き回った。
座っていたベンチの後ろの花壇は、背の高い草が茫々に生え、荒れ果てていた。
「この花壇にも、昔は綺麗なお花が咲いていたんだろうな…」
そんな事を考えながら、花壇の草を掻き分けると、そこには小さなダンボール箱が置かれていた。
「あらっ?嫌だぁ。爆弾とかだったらどうしよう!おまわりさん呼んで来ようかな…」
「ニャー」
「あっ!この中から聞こえる!猫??」
晴美は、思い切って、小さな箱を開け、中を覗き込んだ
「ニャー」
小さな薄汚れた茶色の子猫が、更に汚れた猫のぬいぐるみと一緒に入っていた。
「うわっ!どうしよう!!!子猫!大変!どうしよう…」
ペット可の住宅では有るが、残業の多い自分の仕事の事や、猫を飼った事がない晴美は、自分でも驚くくらいの速さで先々の事を考え、一気にパニックになった。
しかし、やはり放置は出来ず、箱から子猫を拾い上げ、カーディガンを脱いで、子猫を包むと、近くの動物病院へ連れて行った。
「あ~あ、せっかくの休みが…。でも、まあ、仕方が無いか~」
独り言を言いながら、動物病院で子猫の診察をして貰った。
そして、会計を待つ間、病院で貸してくれたキャリーバックに入った子猫を、マジマジと見た。
キャリーバックの中の子猫は、怯えた目で晴美を見つめ、小刻みに震えていた。
「お前…、そんなに怖がらなくて良いのに…。私の顔、そんなに怖いかな?」
仕事に追われ、笑顔の作り方さえ忘れていたかもしれないな…晴美はそんな事を思い、口元を少し上げてみた。
名前を呼ばれて、会計をしようと受付に行くと、診察をしてくれた先生が待っていた。
先生は、「その子猫、拾ったんですよね?放置していたら、その子は死んでいたでしょうね。よく、手を差し伸べてくれました。ありがとうございます。その子、少し弱ってはいましたが、特に問題は有りません。早く見つけて保護をしたお陰ですよ。その子、よろしくお願いします。困った事が有ったらいつでも来て下さいね。この子に沢山御飯を食べさせてあげて下さい」
優しい笑顔で、子猫用のフードのサンプルを沢山差出してくれた。
「先生の笑顔…優しい笑顔だな…」と思いながら、
何度もお礼を言い、病院を出て、家に向かった。
「お前、うちに来たいの?うちは、お金持ちじゃないから、贅沢はさせて上げられないよ。良いかな?」子猫に話しかけた。
抱えたキャリーの中で、子猫が「ニャー」と小さく鳴いた。
家に着くと、子猫は、晴美が用意した毛布の上で、何かを探しているようなそぶりをした。
「お母さんを探しているのかな?こんなに小さな体で、母猫と離され、捨てられ…怖かっただろうな…。寂しかったよね…。」
心がギュッと締め付けられる気がした。
子猫は、暫く何かを探しているようだったが、やがて毛布に包まり寝てしまった。
翌日も、その翌日も、子猫は寝る前に、何かを探しているようなそぶりをした。
晴美は、考えた
「もしかして、あの場所に、兄弟でも居たのかな?私、慌てていたから、周りを良く見なかったからな…。もし、居たらどうしよう…」
そう思うと、居ても立っても要られなくなり、急いで子猫の捨てられていた場所に向かった。
「私、何しているんだか…」自分に少し呆れながらも、
花壇の周りや、公園の中をくまなく探してみた。
しかし、子猫らしきものは居なかった。
荒れた花壇の中には、まだ子猫が入っていた箱が置かれていた。
「一応、確認しておくか」
晴美は、箱を取り出して、中を覗き込んだ。
「うわっ!子猫??」
思わず、仰け反った。
箱の中には、もさっと毛の生えた子猫のような塊が有った。
晴美は、近くの小枝を拾い、動かない子猫のような塊を恐々つついてみた。
すると、その塊はぐらりと頭を揺らし、箱の中であおむけになった。
「キャー!」と、思わず大声で叫び声を上げそうになるのを、ぐっと堪えてよく見ると、それは最初に子猫を見つけた時に、子猫と一緒に箱に入っていた、薄汚れた猫のぬいぐるみだった。
「もう!脅かさないでよ!まったく!心臓が飛び出しそうになったわよ!人騒がせな!」
一通り、ブツブツを文句を言い終わると、ふと子猫が箱に入っていた時の事を思い出した。
そして、晴美はおもむろに汚れたぬいぐるみをつまんで、袋に入れると、空になった箱を公園のゴミ箱に捨てた。
家に帰り、汚れたぬいぐるみを取り出した。
すると、子猫が「ニャー」と鳴いた。
晴美は、子猫の方を振り返った。
子猫は、晴美を見ながら再度「ニャー」と小さく鳴いた。
晴美は、子猫とぬいぐるみを交互に見ながら…
「う~ん、やっぱりそうなのかな?でも…汚れた猫のぬいぐるみをそのまま室内に入れるのもなぁ…汚いよね…」
そういうと、ぬいぐるみを持ったまま洗面所へ向かった。
暫くして、汚れた猫のぬいぐるみは、洗われ、ベランダで干され…消毒後
白くて綺麗な猫のぬいぐるみになった。
「へえ~このぬいぐるみ、白かったんだ。さっ、これで、OK。はい、ちびさん、君の兄弟救って来たよ」
そういうと、晴美は、子猫のベッドに、そっとぬいぐるみを入れた。
子猫は、ぬいぐるみにしがみ付き、嬉しそうに顔を擦りつけた。
「ゴロゴロ。ゴロゴロ」小さい喜びが声になった。
「あ~、やっぱりそうか。捨てられた時に、この一緒に入っていたぬいぐるみにしがみ付いて、怖さに耐えていたのね。子猫にとっては、このぬいぐるみが唯一の仲間や安心できる存在だったのね。可哀想に…でも、もう安心だからね。君は私の家族だから」
子猫は、ぬいぐるみに顔を擦り付けながら、晴美を見上げた。
晴美には子猫が笑顔に見えた「お前も笑顔がステキね。」そう子猫に話しかけた。
「ゴロゴロ ゴロゴロ」安心が声になった。
そして、子猫はひとしきりぬいぐるみに顔をこすり付けると、しがみ付いたまま、すやすやと寝てしまった。
安心して寝ている子猫の寝顔を見ながら、
「名前付けないとね。子猫さん!あなたの事はココロちゃんって呼ぶね。安心の心からとった名前よ」
そして、子猫が抱きついて寝ているぬいぐるみを見て
「君は、安心のアンちゃんね。君も今日から私の家族よ」
晴美は、そういうと、ココロとアンを交互に見ながら、暖かい気持ちになった。
そして、自然と笑顔なっていた。

終わり


毎日仕事に追われ、人間関係に気を遣い、気持ばかりのダイエットのつもりか、甘いものを1口だけ控え、心の中には不満ばかりが詰まっている…そんな日々に流されていると、「笑顔」って忘れがちですよね。

でも、ふと猫の寝顔を見るだけで…、

ほらっ!優しい気持になりませんか?

寒い冬でも、日向の中で、丸くなっている猫を見ると…

ほら!優しい気持になりませんか?


あなたも、自然と「笑顔」になっているはずです。





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