― 午後は天気も変わるでワホか ―

晴れているけど水を含んだ空、雲。月曜日だけど今日はゆっくりだ。

― どうしたのでワホか? ―

昨日は休日出勤だったのですか、夕方社長から電話がありました。
その時に私の声を聞いて、社長がビックリ。
そうです。先週の月曜日から声が酷くてしかも良くなるどころかますます酷い声に。
殆ど声の出ていない私の状況をやっと理解したようで(笑)
強制的に休むように言われました。
はあ。。今頃(笑)でもまあ、いいか。
なので、今日はゆっくり布団でお休みです。
― チッチ散歩はOKなのでワホな ―

ついでにゴミ捨てもあるからね~Cooの事は特別さあ。
また、霜の華だよ。今朝も寒い寒い!

それに休みで良かった。お仏壇にゆっくりおめでとうって言えるよ。
― じゃあ、散歩も急ぐでワホね ―

大丈夫だよ、ゆっくりで。
昭和22年1月26日。
父と母は結婚しました。そう、今日は二人の結婚記念日なのです。
まだ松本市が統合になる前、それぞれ隣村同士だった二人。
父は小さいときは凄いガキ大将で近隣の村々に響き渡っていたそうです。

東京で学生生活を送り、そのまま戦争に駆り出された父。
満州から引き上げてきて地元に帰ってきたときにお見合いの話が持ち上がったのでした。
その相手が、母。
母は名前を聞いて震え上がったそうです。
あのガキ大将だと!
お見合いして、2回目に顔を合わせたのが結婚式当日。
― 今じゃあ考えられないでワホな ―

昔はこんな結婚も当たり前の時代だったんだね。
結婚後はお決まりの姑、小姑の虐め。
子供まで流産するほど、それはそれは凄まじかったそうです。
父は長男でしたが、母を連れて荷物ひとつで飛び出し家を捨てました。

そのあとの一文無しからの苦労は、夫婦の絆が強くなければできなかったでしょう。
二人きりで生きて、数年後姉が産まれて、そのまた10年後今度は私が産まれて、家も建てて。
たくさん家族の思い出作ってくれた二人。
定年後は毎年、年に2回二人で旅行。
父が病気になったときに後追いしそうな母を止めたあの日。
母を置いて旅立つのは辛かったであろう、ベッドで私だけに見せた父の涙。
いつでも支え合っていた二人は、結婚してから大恋愛をしたのだと思います。

せっかくのお休み、今日は仏壇に手を合わせたくさんたくさんお祝いを言おう。
私が今生きているのは、二人のお陰。
この世に産み出してくれた二人のお陰。
Cooとこうしていられるのも二人のお陰。

今、私の子供はとても穏やかな恋愛をしているよ。
長く幸せになれるように、そっと見守ってあげてね。

お父ちゃん、お母ちゃん。結婚記念日、おめでとう。
ありがとワホよ
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病気や介護で頑張っているワンコやニャンコ、飼い主さんブロ友さん。。そして日本各地の被災地で踏ん張る皆さんと応援の皆さん
いつも優しく背中を押してくれる皆さんに
安曇野から特大の感謝の大玉を送ります。
今日も皆さんと大切な家族が穏やかで良い一日を過ごせますように。