今朝の安曇野。
- わあ、今日も天気良さそうでワホよ -
朝陽に照らされたCooちゃん。大きなお耳が可愛いよ(デレデレ)
- 今日はいつもより早いから、ボクの影も長いワホよ -
まだ、お日様出てそんなに経っていませんからね。
と、言う事で、本日は仕事で朝早く家を出たのです。
昨日、あるブログで、そのブログの主人公であるワンコが亡くなったことを知りました。
17歳。大往生です。
亡くなる少し前に、車椅子が届いて、気持ち良く走っている姿をみたばかりでした。
きっと、最後にたくさん思い切り走れて、飼い主さんに心から感謝しながら虹の橋を渡ったと思いま
す。
ワンコのブログを訪ねると、どの飼い主さんも心から溢れんばかりの愛情を注いでいます。
最後まで共に生き。。。いろんな方からたくさんたくさん教わります。
私には未だに悔いても悔やみきれない思い出があります。
先代の柴犬ワンコ。名前はタロ。初代もタロでしたので、二代目です。
なかなか崇高なワンコで、割と甘えることをしませんでした。
外飼いでしたので、今のCooが昼間いる場所でずっと暮らしていました。
私が帰ってくるとびっくりするくらいジャンプをして、大歓迎でした。
でも、私が抱きしめると、「やめろ~ムキ~」とすぐ離れたがって。
タロが一番尊敬しているのは、おばあちゃん、次が子供、私はどうも最下位のようでした(笑)
毎日元気で「お帰り」をしてくれたタロは、ある日突然ハウスから出てこなくなりました。
おや?と思ってハウスに行くと、顔を出して手を出してくれます。
ご飯も食べているようなので、あまり気にしていませんでした。
しかし、ある朝、呼吸が荒くて、びっくりして慌てて獣医へ行きました。
すると、獣医が「あと2日くらいしか生きられないよ」と。
年で、心臓がとても弱っている。老衰だね。と言われました。でも、まだ推定年齢14歳。
そんなバカな。
その日から、家に入れて、家族みんなで一緒に面倒を見ました。
そして2日目。
近所に仲の良いラブラドールがいたのですが、そのラブがいきなり遠吠えを始めました。
すると、横になっていたタロは、起き出して、外に行きたがりました。
外に出してあげると、タロも遠吠えを始めました。
二匹の遠吠えが夕方の空に響き渡りました。5~6分ほど続いたあと、鳴き止んだので家に入れました。
今、考えればラブも、何かを感じてお互い最後の話をしたのかもしれません。
それから何時間かして、夜中。。。
急に苦しがり、はあっはあっととても荒い息になりました。
子供が「タロ、タロ!」と呼んで抱きしめるその腕の中で、みるみる舌が白くなっていき、そのうち、ふうっとなったあと、静かに息を引き取りました。
もう、悲しくて悲しくて。本当に悲しくて。
なんで、もっと早く気づいてやれなかったんだろう。
そうすれば、もっと栄養のあるもの食べさせてあげたり、治療もできて、心臓も弱くならなかったかも知れない。
もっと、遊んでやれば良かった。
服を汚されても、怒らなければ良かった。
もっともっと早く、しっかりと見てあげていればもっと長生きできたかもしれないのに。
こんな思いに囚われて、混乱するばかりでした。
看病ができたのが、たった2日だけだったのです。
タロを土に還してあげる時も、子供は黙々と自分から進んでいろいろとやってくれました。
涙も流さず。。。
あとで知ったのですが、学校で友達に話してワンワンと泣いたそうです。
私があまりに悲しむので、きっと我慢したのでしょう。
そして、今、こうして月日が流れ、またワンコと暮らす毎日。
Cooと遊ぶ時、散歩する時、未だにふとタロを思い出します。
タロ、タロにしてやれなかった分、一生懸命頑張っているよ、と心に思います。
以前も書きましたが、
ワンコとの出会いや別れの中で感じることはただ一つ。
動物は「死にたい」なんて感情はありません。
くだらない悩みも、他への嫉みも、何も持ってません。
ただひたすら、前だけを向いて、ただひたすら、生きています。
そして、黙って側に、寄り添ってくれます。
だから、私達は、彼らの一生を通じて、大きく学ぶのだと思います。
昨日の帰り。常念岳に沈む夕陽と田んぼの水鏡に映る夕陽の光。







