先日

子供たちが妙におだって←方言か?


私の寝室に乱入

そのままベットに三人で寝るという快挙に出たのですが


翌日嫁さんに


「甘やかすのと可愛がるのは違うから・・・」


と言われ

困惑している次第です。。



まあ

世の中

甘やかすのと可愛がるの定義が

きちんとなされていない故のトラブルですが


我が家の子育ての定義は

「ほぼ」嫁さんが決めますので

ここはぐっとこらえるのでした。



世の中、この定義というか常識は

常識人との会話でしか生まれません。


「常識人との会話」

というのはなにも

法律を作る人もしくは法律を解釈し駆使する人

という意味ではなく


普段付き合っている人

もしくは普段から付き合っている人の

多数派の意見


ということになろうかと思います。



ここで大事なのは

普段から付き合っている人の

多数派の意見というか

感情です。


このたび話題になっている

薬物・・・



なにも芸能人だけに限っていない世の中

捕まったニュースを見たら


「運が悪い」

もしくは

「気をつけよう」


お付き合いしている人が

薬物を常習している人達が多い

仲間がいる人は


逮捕されるのが

ただ「運が悪い」だけの話であって

悪いと知りながらも

「自分は大丈夫」という妙に達観したものを

持っているのです。


そこでの話題は

見つからないようにするためにはどうするか

ということにほかならず


「その年になってもそんなことするんか」

という意見は皆無なはずです。


であるから

自分の生きるうえでの枠

というかコミュニティ


要は付き合う人が大事なのです。


「8割の人がそうする」

と言われ納得しかかった時に

ある人が

「その人と付き合う人の8割がそうであっても

 全体からみると2割かもしれない」

と言われたときに


「8割の感覚に染まるべからず」


と思ったのでした。


我道は我が行くのは基本ですが

その行き方は我の常識が

行く末を決めるのですな


気をつけなきゃね