目標を定めなきゃ

ゴールのないマラソンを走るみたいだ



目標まで到達する間に

進捗状況を確認し、それが果たして

いいペースなのか悪いペースなのか

判断するためにも

着地点を決めなきゃならない




人はなりたいと思った自分になれるし

なりたいと思わなきゃなれない




等々


過去も今もたぶん未来も

このようなことがいわれている訳で


逆にこのような話がまかり通ると




目標を決めるな


とか


昨日より少し素敵な自分ぐらいがちょうどいい


等々



逆説的な

いわれ方もするのが世の常




物事には裏と表があるからなのか

否定するのが新しい考えと

認められるのか


真意はわからない



要はすべての話を鵜呑みにせず

自分にあったやり方をすればいいだけなのである。



成功者を周りにおく環境を作り

その考えを真似る



というのも

ひとつの方法だし



独学で失敗しながら成長するのも



ましてや


成功とか幸せとかを

考えずに生きていくのも

ひとつの選択肢





すべては

自分が方法から生き方まで

決めるのである。





かくいう私は

目標を定め、できるだけ尊敬できる人と

手を組み、実践するという方法をとってきた。





ふと、われに返り

物事を深く考えたとき


その目標を現実にすることが

今までのやり方と違った方法がある

ことに気が付いた。



東京に行くのに

飛行機もあれば

ヒッチハイクもあるように


物事の到達点はいろいろな

手段によってなしえると

思っていたのだが


すっかり脳みそが固まっていたようだ。



その方法が

もしかしてリニヤモーター?なのか

ジェット機なのか

はたまた自転車なのかは


今の段階では


わからない





が、通常の方法でないのは確か

というより

その通常という概念が

脳みそを硬くしているのである




要は私が今まで

そのような環境にいなかっただけなのである。




一瞬の思いつきで

行動に移せるほどもう若くはない



吟味を重ね、裏を取り

リスクを考え、対抗策や予防線を張っても

裏目に出ることなんて


今までの人生でも

数多くあった。





うまくいくことが

ある以上

うまくいかないことも

ある・・・のである。





私は今までの自分を考えるに



うまくいったことから

うまくいかなかったことを


引いたら

たぶん大幅なプラスだと思う。



それは実際そうなのか

思っているだけのことなのか

わからないが





おそらく人生なんて

うまくいったことと

うまくいかなかったことなんて



どっこいどっこいのはずである



が、

うまくいったと思い込めば


少しでもプラスのはずである。





「おしん」の作家は

確か昔ものすごい貧乏で

だから「おしん」を書けたと聞いたことがある。





「人生に無駄はない」




無駄にならないような出来事の

積み重ねが本当の勉強なのかもしれない・・・ね