こんにちは~。chibinaoです。
いつも読んでいただき、ありがとうございます爆笑


昨日は「春分の日」。お彼岸なので、お墓参りに行かれた方もいらっしゃるのではないでしょうか?

私も行く予定だったのですが、前日にのどの痛みがキツくなって、母に電話したら、母も風邪気味ということで2人とも今回は断念しました。

実は、今回のお墓参りで、母と叔父叔母に、「私が今感じていること」を話そうと思っていました。

「スピリチュアルってね、取っつきにくくて、宗教?って思うかもしれないけど、自分らしく生きていいっていう考え方なんだよ。」ってことをみんなに伝えたかったんですが、「まだ急がなくていい。そのうちもっと自然に伝えられる時が来るよ!」ってサインなのかもしれません。

私は数年前から、お墓参りに参加するのを「選択制」にしています。

母から連絡が来たときに、もちろんその時の予定の都合もありますが、「自分が気持ちよく参加できるかどうか」を基準にしています。

以前は、「長女だし、お墓参りは絶対行かなきゃ!」と義務に思っていました。

でもいつからか、母からの「お墓参り」の連絡が苦痛に感じるようになりました。

その時、「あ~。実は辛かったんだな。」ってことが分かりました。

「義務」としてお墓参りに行っても、なんとなく先祖を敬ってはいると思います。だけど、心の部分には「違和感」がある。

義務だから来なきゃな。
叔父さんの話も聞かないと。
叔母さんの話も聞かないと。
お母さんがまたなんか言ってるよ、イラッ!

ものすごく楽しくないんです。

お墓参りは「楽しみに行くもの」ではない!とお思いの方もいるかもしれません。
でも、私にとっては同じことなんです。

「私」が「気持ちよく」行こう!って思ったときに行かせていただこう。

そう思ったら、とてもラクになりました。

お墓参りは先祖とつながる場所なので、行くことが必要ですが、思っていればどこでも「つながる」と私は思っています。

昨日も「行けなくてごめんなさい。でもどうか、母と私たち家族を見守ってください。私も私らしく頑張ります!」と祈りました。

体調や気持ちが優れないときに、ムリして這って行ったとして、本当に「誰も」喜ばない。

今回、母に行けないと連絡したとき、心の裏側で「ほっと」した自分に気づきました。

あーやっぱりイヤだったんだ。
行かなきゃ!だったんだなぁって。

ってことが分かりました。

次は、気持ちよく「おじいちゃん、来たよ~。」って行けるといいなぁ、タイミングが合えば行けるよね。
行けなくても、つながってるから大丈夫!って思っていようと思います。

ちゃんと節目に行ける方は尊敬します!
ただ私の今のところの向き合い方はこんなかんじです。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました⭐