こんにちは~。chibinaoです。
いつも読んでいただき、ありがとうございます
さっき書いた「ひとつにつながる」ですが、これを読むともしかしたら、
この世界に否定的なのか、現実逃避なのか、悲観的なのか、と不快に思う方もいるかもしれません。
もしそうだったら、ごめんなさい。
先に謝っておきます。
ものすごく便利な文明の利器に頼ってるし、ごはんも美味しくいただいています。
この便利な日本に生まれてサイコーと思っています。
だけど、セドナメソッドを受けてまた違うスイッチが入ったのかもしれないけど、なんだろう、こう感じました。
今世の中で起きている不思議なこと、あり得ないことは、昔は「ごく自然なこと」だったのかもしれないな、って。
「目に見えない世界」から「目で確かめられる世界」になって、
地球は平らじゃなくて「丸い」んだ、「青い」んだ、世界は「広い」んだと分かって、
その中でも「便利なこと」「不便なこと」があって
それもすべてこの「地球」の中で起こっていること
それでも、その外側には「宇宙」が広がってるんですよね。
そう思ったら、なんか「意図を探ること」をやめてみてもいいのかな、って思いました。
「どうしてそんなことしたの?」「いつもは違うのに、今日はどうして?」
「なんでそんなことするの?わたしが嫌い?」
私は探ることが好きです。探求者なもので(笑)
「そのとき歴史は動いた」というような番組も大好きだし、子供のころから伝記やエッセイを読んで、「どうして人はそうしたんだろう」を知るのが好きです。
だけど、世の中には「分からないけど、今日はそうしてみた」ってことがあるんだな、ってことにようやく気づいて。
気になったら「どうして?」と聞くのは間違いじゃないけど、「分からないけど、こうしてみた」に「おかしいでしょ!あり得ない」って否定しなくてもいいなって。
だって、そうしたんだもん。ね~。
そう感じたんだもん。ね~。
またひとつ、背負ってた荷物を降ろせるときが来たかも。
最後まで読んでいただいてありがとうございました⭐