遊郭好き の アタシの メモです・・・・。
何しろ 頭がアレ なんで ろくに記憶できてませんが
大事なので ブログに保存しときます。
こんな感じで 遊郭好きが あつまっているよン!!
「開港の社交場 港(みよ)崎遊郭」
2023年 4月 開港記念館にて。
遊郭建設は 横浜の 街づくりの 「一要素」 であり幕府の主導であった。
(今でいう 「カジノ」誘致と似てる。 外貨も落ちるし 日本が活性化するぜよ~ って
感じだそうです。)
日米修好通商条約
の 5港 「神奈川 長崎 新潟 兵庫 函館」」
と
メモがありましたが 今となっちゃ なんのこっちゃ・・・
ま
いいや
「神奈川」ってのは 私が しょっちゅう徘徊している
東神奈川 ~ 横浜駅 あたりの 海岸線の港で
当時はとっても きらびやかで栄えていた 港なんです。
ハリスは その 「神奈川湊」を 開け!! と
要求してきたが
あまりにも 江戸に近く(東海道沿いの港だし)
攘夷がいるから 「危険」って言うことで
急きょ 「横浜村」 という
当時のダサ港を 整備し
「こっち きれいに すっから!! 横浜村の港を 使うぜよ」
って
今では オサレですが
ダサい 横浜村(関内 馬車道)の方の 海を整備していくのです。
しかし
6月2日 の 開港まで遊郭建設は 間に合わなかった・・・・。
6月10 今の 「港郵便局」の場所の
(当時 駒形町という名称) 外国人用長貸家三棟を転用して
借営業。
11月 に 港崎(みよざき)遊郭完成 営業開始。
外人相手に 儲けるぜよ~~
橋を渡って 向こうは 「別世界」
日本人も 金持ちしか 遊べない・・・・。
しかし
慶応の大火 ( ぶたや火事)で
全焼しました 亡くなった 遊女は 400人と 言っていたけど・・・・
調べたけど はっきりわからないや
当時
公娼 鑑札保持者(ラシャメン) 500名を超えていた・・・
とか
素人のもぐりラシャメンが 2000名 いたとか・・・・・
ちゃんとした 遊郭の名簿上の 遊女は400人は 亡くなっているのだろうな・・・・
何しろ
橋一本 で 隔離して 建設してある 大レジャーランド だから
火事になったら
逃げられないよ・・・
かわいそうだ・・・・・・・。
横浜浮世絵 ってのです・・・・・
歴史博物館は 「写真撮影 禁止」 の ケチ。
減るもんじゃなし!!
横浜浮世絵で 検索したら 結構綺麗なのがたくさん出てきました
興味が あったら 「横浜浮世絵」検索すると良いです。
横浜浮世絵
幕府の 「検閲」 を 通過したものだけです。
博物館で 展示されていた
色付けされていない 「絵」 があたんですが
それが!!
スンゴイのよ!!!
(撮りたかった!! マジ 撮りたかったです)
裸で 遊女が二人 (多分 野球拳)してるんだと思う
端で
三味線を 弾いている 遊女・・・・
それを 飲み食いしながら
見て楽しんでる 外人ども 幾人も・・・・・
しかも!!!
男の外人以外に ドレス着たご婦人も 一緒になって
ジャップの 女の子の裸踊り 観覧
レジャーしてますよ!!!
写真に撮りたかったなぁ。
何故 色刷り されていないんだろう・・・・
我 思うに
幕府の検閲に 引っかかったんだろうと思うんだ・・・・・
アタシは。
だって
いくら何でも けしからんかったんじゃね 幕府も・・・・
遊郭は 外貨を稼ぐ 国の「経済発生装置」的なもの。
しかし
働いてる 遊女は
合意とはいえ
売られてきたんだからなぁ
廊下の向こうに ドレスの外人女、二人います。
真ん中の 禿げで ちょんまげみたいに長いのは 「中国人アルヨ」











