墓、小泉純一郎の? | メリー・ポピンズになりたい私の 記憶と気分の引き出し。

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たまに いろんなこと記録します。
節操もないブログ!! くだらない写真溜め・・・・・。

どうも 皆さま・・・・・。
 
今回のブログ
「人んちの 墓 見てうれしそうな アタシ」です。
 
 
 
 
 
多分 小泉純一郎さまが 眠る予定じゃないかなぁ・・・・
知らんけど
 
の
場所です。
 
 
まづ 経緯を 簡単に書きます。
 
土曜日
アタシは 「朝比奈切通しを歩く」 という
例の 爺婆さんぽ的イベント に参加したのです。
 
鎌倉の 「切通し」を 歩いてみたかったんです。
 
京急 の 「六浦」という 駅から
まあ 寺とか 色々話を聞きながら 歩くのです。
 
 寺にイク 途中ですよ、 住宅地のコンビニの駐車場に
何やら 巨大な ↓
 
 
 
 
 

 

わかりにくので 色調を 調節

「小泉又二郎誕生地」 と 

すんごく スンゴク 巨大な石です。

 
(実際の 生誕地は この場所より ちっと違うらしい・・
 道路の関係で 「石碑を移動してある」と 言っていました)
 
 
 
入れ墨 の 入った大臣だったって・・・・
小泉純一郎の おじいさん?
 
ちょっと ヤリて みたいで良いじゃんー--
 
んで 小泉家の 墓のあるお寺↓
 
 
 
 
 
 
高い所です・・・・
見晴らしいいです。
 
 
 
本堂の 後ろにも もっと 高い場所に墓がたくさん見えました・・・
多分 昔なら海が見えただろうなぁ。
 
 
しかし
アタシは  つ勃った物
 
鉄塔を 見て うっとりしてましたとさ・・・・。
 
 
 
小泉家の お墓は 本堂の近く
に
 
 
 
 
んで
「あー- ここに シシロー も 入るのかなぁ~」
 
 
なんて 喜んで 動画撮っていたら
 
ガイドさんが
「多分 純一郎さんは こっちですよー-」
と
向かい側の綺麗に 整備された広い墓所を教えてくれたの
 
そうか!! 
 
 
 
まあ それで 下ります・・・・
 
 
 
 切通しに向かいます。
 
これは 昔からの「六浦道」というらしい。
 
この 右側の崖。
 
 
 
ここ 「鼻かけ 地蔵」が あったという場所。
 
道路を 横断はしないから わからないけど
確かに
教育委員会の説明看板が 見えるね
 
 
あと 多分 「急傾斜崩落危険」の 立札もあるみたいじゃん??
 
 
 
 
昔は こうだったらしい。
 
 
新編鎌倉史 に書かれているそうです。
 
 
この絵は「江戸名所図会」ってのに 描かれた絵。
 
昔は 海が 入り込んでいたんだよね 六浦。
 
まあ
横浜は どこでもそうだけど・・・・。
 
 
 
もう 雨 穿たれ
風化して
 
岩肌の 地蔵の面影は・・・・・
 
 
 
ガイドさんの 写真では これかもなぁ
 
 
 
あと 20年 30年 50年 したら
消えちゃうのかもね・・・・何もかも。
 
「江戸名所図会」って どこか博物館に 原本あるんだろうね・・・
(まあ 素人は 手に取って めくって見られないだろうけど)
 
 
しかし アメ公に 焼夷弾落とされなくって良かった。
残ってくれて
ありがとうだな。
 
この道(六浦道) 行く手
左側に 鎌倉に通じる 切通しがあります。
 
 
横浜の 道って 狭かったり
整備 上手くいっていないところが 好き!!
 
綺麗な道路は 新しく整備された 六浦道
 
 
んで
 
「旧 六浦道」 という 方
 
こちらが 昔の本当の 「道」 ってところに降りて歩きました。
 
 
 
まあ
こう言うところが ガイドツアーの 面白い所です。
 
自分で 歩いたんじゃ
絶対に 「旧道」 なんて わからない。
 
 
 
この先で
また
 
アタシ的に 萌えるものが ありました!!
 
次に書きます。
 
 
 
さよオナラ。
 
参考資料。
金澤シティガイド協会