間もなく母が永眠いたしました。
介護施設の職員さんも
近くにはいたらしいのですが
気がついたら呼吸が
停止していたらしく
苦しまず静かに逝った
らしいです。
知らせをもらい
駆けつけた時には
額も、どこもかも
身体は温かく
普通に寝ているようでした
耳だけはまだ機能している
はずだと思い
お母さんに感謝の気持ちを
伝えました。
施設内でのお焼香の儀式では
母の笑顔が大好きでしたって
何人もの職員さんから
有難いお言葉をいただきました。
1人だけ男性職員の方からは
『仕事を辞めたくなった時も
あったけど〇〇さんの
笑顔を見ながら
頑張ることができました。』
ってお言葉をいただき
母はこちらの施設で
本当に大切にお世話して
もらっていたのだと思うと
母が亡くなったことよりも
施設の方々との別れが
強く出て寂しくなりました。
母が白い布に包まれ
施設を退所する際には
外に出れる利用者の方々
やコック服姿の調理員さん
事務員さんなど
大勢の方が
玄関口で見送ってください
ました。
ありがとうございました。
母を家に戻すか
葬祭場へ直接安置?させるか
妹と悩みましたが
施設での生活も
長かったので
家に連れて帰ろうね
ってことで今は
実家の母が使っていた
部屋で寝ています。
通夜が6日(金)なので
それまで母と一緒に
過ごせられます。
少し怖いけど🤣
告別式まで日数が
あるので
沖縄から来る身内の
飛行機の座席も横並びで
取れました。
父の命日が11月1日
母が3月1日
覚えやすいですね
お母さんが亡くなったのは
寂しいけれど
不自由な身体から解放されたの
だと思うと
妹も私も少しは悲しみから
解放されます。
職員さんの話だと
数日前から心臓が度々止まる
ことがあったそうで
だから初日の面会では
間に合って良かったですね
って言ってたのね。
お母さん…
私が沖縄から来るのを
待っていたのかな〜
ってそんな気持ちに
なりました。
お母さん
63歳になる歳で倒れ
失語症と半身不随を患い
約25年間…長かったね〜
よく頑張りました。
お疲れ様でした
沖縄から孫が来るまでは
少し時間があるので
ゆっくり過ごしたいと
思います🤣
ではでは…
