“ 四十九日が終わるまでは倒れられない”
そう思っていたからか、
2月の法要が終わった後の私は
みるみるうちに心身共に不安定になっていった。
家族がいない間は、
行政サービスの電話相談を利用し、
ロスになった気持ちを話した事もあった。
分かっていた別れなのに、
本当の意味での理解や覚悟は、
できていなかったと思う。
必要な手続きが終わるごとに感じた喪失感。
自分の存在意義を考える事も多々あった。
どう過ごしていたのか、
今ではほとんど記憶がない。
あったのは、安易な考え。
服薬は出来るだけ減らしたい…
一度ひどい状態になっているのに、
今度はそうならないと思ったのか。
それともどうでもよくなったのか…
「服薬の量が減ったんだ」
母にそう伝えていた。
診察日に通院できなくなった時期。
主治医ではなく、違う医師に受診した。
・・・それから間も無く、
異常行動が表れた私は救急車で運ばれた。


