術後、順調にリハビリをこなしていく母。
リハビリは、看護師さんと一緒に行うはずだったが、
回復力が強かった!
リンパ液チューブもすぐに外れ、
睡眠導入剤も効かなかった母。
眠くもならないし、傷跡の痛みもほぼない。
母にとって入院生活は、家事をしないのはラッキーだったが、
眠れなかったことや、時間をつぶすのが大変だったようだ。
なので、リハビリ体操を繰り返し行っていた。
私は、手術跡の痛々しさを感じてしまうため、
動かしているのを見るたびに、大丈夫なのかと、
自分の胸が痛くなるほどだった。
でもその日々のおかげか、
退院スケジュールがあっという間に決まり、
入院前の免疫力アップの効果も感じられた日々だった。
面会時間までは、
病院内を色々探索していた母。
大きなフロアでのんびりしたり、
誰かが観ているテレビを、一緒にボーっと観たり。
図書コーナーから本を借りてきたり。
病気に関する絵本や、漫画を含めて色々ありました。
退院までもう少し!
そんな時に感じた自分の身体の異変。
だんだん自分の身体が
ムリをしているのが分かってきた。
倒れたらいけないが、なんとなく危ない気配。
少しずつ現れる身体のサイン。
家の問題で色々な事があり、
そちらの会社とのやりとりや、
新しい会社とのやりとりで、
手帳を見る限り、あまり休めてなかったようだ。
身体を休めなければ、もちろん不調サインも現れる。
衣食住より、睡眠・快眠。食より水分。
住まいは、雨風しのげれば、暑さ・寒さはなんとかなる。
食べ物は、多少こだわる!
でもこだわれるほどの体力はない。
けれど、外食は身体が受け付けない・・・
添加物での旨味やおいしさ成分を、
私の舌は、おいしいと感じられなかった。
多くのものは、味を薄めないとあまり食べられなかった。
これは、今もあまり変わりない。
たとえ食べれても、ムリして食べると
後々不調が現れる。
ジャンクフードに限らず過敏に反応した。
なので、父が買ってきてくれたコンビニ弁当は、
ありがたく食べていたが、
比較的抵抗が少ない”のりまき”などを頼んでいたのは
そういう事情もあるからだった。
母は添加物の味に完全に慣れてしまっていた人。
「まぁ、この料金ならこういうものよ」
病院食も、美味しく食べれたようで、
それはそれは安心しました。
母は、人に作ってもらえるだけで嬉しい人。
私は、身体が受け付けなければ・・・
なので、外食が少ないのも、
食べられる料理があまりないから。
自炊するのも、味やお金と比べると、
何倍もおいしいから。
プロの料理人の方が、もちろんおいしいのは
分かっていますが、
庶民には、そういう食生活はできないのです・・・
普段やってもらえているありがたさを
つくづくを実感した時期だった。

